太陽光励起YAGレーザー

2007/05/18

研究の背景

化石燃料の枯渇が叫ばれ,排出される炭酸ガスが地球温暖化の原因とも言われている.一方で,持続可能なクリーンエネルギーの大本命と言われる核融合は,実現までにまだまだ超えなくてはならないハードルが多い.そんな今,無限の太陽エネルギーをもっと有効に活用しようと言う機運が盛り上がっている.

しかし,太陽エネルギーはまさにお天道様しだい.これを,安定した基幹エネルギーとするため,宇宙に太陽光を受ける衛星を打ち上げ,太陽エネルギーを何らかの形に変換して地上に送ろう,という計画がある.たぶん,一番古いのはP. Glaserの「SPS計画」だろう[1].これは,太陽電池で発電した電力をマイクロ波に変換,マイクロ波の形で地上に送る.日本版SPSは,京都大学を中心としたグループ[2]により精力的に研究が行われている.

しかし,マイクロ波方式にも幾つか欠点があることが指摘されている.ざっと挙げると,

  • 太陽光 - 電気 - マイクロ波と変換が2回入るので本質的に効率が悪い.
  • マイクロ波は回折により広がるため地上の受信設備が大きくなる.
  • 2.45GHzの電磁波は本当に安全なのか?

これらの欠点を払拭するため,伝送にレーザーを使う方法が提案された.宇宙でレーザー光を発生する方法にも幾つかあるが,一番簡単なのは,レーザー結晶に直接太陽光を当てる「太陽光励起固体レーザー」だ.原理的には鏡,レーザー媒質とそれを冷却する装置だけで動作する.宇宙に何かを打ち上げ,長期間運用することを考えるとこのメリットは大きい.

太陽光励起固体レーザーの研究は,実はレーザー発明直後まで遡る,非常に由緒ある研究テーマだ.初の発振報告は1966年[3].しかし,地上では太陽光があまり便利な励起光源で無いこと,宇宙での太陽光レーザー利用がそれほど差し迫ったテーマで無いことなどから,「はやり」の研究テーマとは言えない.

しかし,最近,日本では風向きが変わってきた.JAXA(宇宙航空研究開発機構)が東京工業大学や大阪大学(レーザー総研:ILT)と組んで,本格的な研究を行っている.最近では太陽光からレーザーへの変換効率が40%という,常識では考えられない高い変換効率を達成している.

宇宙太陽光レーザーの研究課題は何か.独断で挙げれば以下の項目になる.

  1. 太陽光からレーザーへの光-光変換効率の向上
  2. 太陽光を効率よくレーザー媒質へ結合させる光学系
  3. レーザー媒質の冷却
  4. 光共振器(特にビーム品質)
  5. 全体のシステム構成

 

宇宙における太陽光励起固体レーザーに適した光共振器

上に挙げた研究項目のうち,1に関しては東工大もILTも理論的限界,といえる値をクリアしている.3についてはどちらかというと伝熱,流体力学の領域だ.5はメーカーさんにやって頂きましょう.すると残るは意外に大切な光学系だが,これに関する限り先行研究は余り無い,というのが現状.ここに,本研究室が活躍するチャンスがあると見た.

方針としては,既存のロッド型レーザー媒質に高度な集光光学系を組み合わせるか,最近流行のディスク型レーザー媒質を使うか,の選択になるが明らかに後者の方が有利.


図1: ロッド型レーザー媒質とディスク型レーザー媒質

ロッド型媒質は,その名の通り細い棒状で,ここに太陽光を均一に照射するのは難しい.さらに,ロッド型レーザーを大きくするには媒質を幾つもつなげる必要があるが,ASE(Amplified Spontaneous Emission)という問題があって無制限というわけには行かない.一方,ディスク型レーザー媒質は21世紀になって主に加工用大出力レーザーの分野で注目された新しい方式の固体レーザーだ.特徴としては

  • レーザー媒質が薄い円盤なので,熱屈折率の影響が少なくビーム品質が良い
  • 冷却は,ディスクをヒートシンクにくっつけるだけでよいので簡単
  • スケールアップは横方向(つまり二次元)なので,長さ方向より楽
  • 専門的になるが,カスケード接続したときのASE限界はロッド型よりはるかに高いところにある

こいつを太陽光レーザーに利用した場合,ロッド型に比べて冷却機構が大幅に簡略化されるメリットに加え,「ポンプ光を正面から平板ディスクに当てるだけでよい」という大きなアドバンテージがあることがわかる.

 

Conical-toroidalミラー型光共振器の提案

しかし,ディスク型レーザーで実用化されているのは直径がせいぜい1cm程度.10cm,あるいはそれより大きい直径の,実用的なディスク型レーザーは存在しない.最も大きな理由は,ビーム品質の問題だ.ディスク型レーザーは原理的にレーザー光をディスクの口径と同じ大きさのビームにして取り出す.しかし,波長を固定したとき,レーザーのビーム品質は共振器口径の自乗に比例して悪くなって行く.この問題を解決しない限り,ディスク型レーザーの宇宙エネルギー伝送への応用はありえない.

そこで,本研究室では,ディスク型レーザーのメリットは全て受け継ぎつつ,原理的にビーム品質が悪化しない独自の光共振器を提案した.それが,「Conical-toroidalミラー型光共振器」である.概念図を図2に示す.


図2: Conical-toroidalミラー型光共振器の概念図

レーザー媒質は確かに円盤型だが,中央に穴が空いている.そして,その穴にコニカルミラーが刺さる格好になっている.レーザー媒質の外側にはトロイダルミラーがあり,左側の図のような光路でレーザー光は伝搬する.これに,適当な出力ミラーを組み合わせれば光共振器の出来上がり.レーザー光は通常のディスク型レーザーと異なり,結晶の中を半径方向に,導波路モードで伝搬する.

もちろん,思いつきだけなら誰でもできる.大切なのはコイツが成立可能で,かつ従来のディスク型レーザーに比べてメリットがあるかどうか,だ.こう言うときに光共振器のシミュレーションが役に立つ.


図3: Conical-toroidalミラー型光共振器のモデル

図3は光共振器のモデルを示したものだ.通常の光共振器は,二枚のミラー間の光伝搬を近軸近似のFresnel-Kirchhoffの回折積分で解く.しかし今回はラジアル方向に伝搬する部分があり,しかも導波路モードだ.シミュレーションコードの構築には苦労したが,ラジアル方向の伝搬,導波路モードの伝搬を最小のコストで上手くモデル化する方法を見つけた.


図4: 計算結果の一例

図4は計算結果の一例.共振器のnear-field,far-field patternを示したものである.この共振器の出力モードは,ディスクの直径にかかわらず中央のコーンの大きさで決まる,という特徴がある.従って直径20cmを超える条件でも,容易に基本横モードでの発振が可能.ただし,基本モードは中央に穴が空いたLaguerre-Gaussianモードとなる.

もうひとつ,計算をしていて気がついた面白い事実は,共振モードのradial偏光,azimuthal偏光を自在に制御できる,ということだ.これは,中央のコニカルミラーが本質的にs偏光とp偏光で異なる反射率を持つことに由来する.高反射コートの設計を変えることでrp > rsまたはrp < rsとすることが可能だが,rpとrsの僅か1%の反射率の差により,共振モードの偏光が決まることが分かった.radial偏光を持った光ビームは最近様々な分野で注目されているので,この研究の他分野への波及も期待できる.


図5: レーザー出力およびビーム品質

厚さ2.5mm,直径20cmのディスクを太陽光の1,000倍の強度で照射したときのレーザー出力およびビーム品質.M^2は2を切る大変優秀なものだ.


図6: 光-光変換効率

図6は,大切な光-光変換効率.太陽光の3,000倍の励起強度で6%を切るくらいだ.これ以上の励起強度は,媒質の熱破壊強度限界により不可能であることが計算により判明している.意外にショボいが,言い訳させてもらおう.まず,第一に,仮定したレーザー媒質の物理量はHwang等の論文[5]から持ってきたもので,励起光の吸収断面積がかなり保守的に仮定されており,しかも小信号損失が大きい.つい先頃,光-光変換効率40%をマークしたILTのSaiki等が公表したデータ[6]と比べると,その差は歴然.


図7: 励起光の吸収断面積

小信号損失が光-光変換効率に与える影響が如何に大きいか,というと,図6と全く同じ条件で,媒質の吸収損失をゼロにすると変換効率は吸収したフォトンの数から計算される理論的最大変換効率,10%に一致する,ということから明らか.

最後に,ミスアライメントの影響について述べる.Conical elementを持つ光共振器は一般的にミスアライメント(ミラーとミラーが正確に向き合っていないこと)に敏感で,僅かなミスアライメントで出力が減少する.しかし,今回提案した共振器は,コニカルミラーとトロイダルミラーを剛体結合しているので,互いの角度がずれることは原理的にない.そのため,ミスアライメントに対する耐性は,実用化されている不安定共振器と同等,ということが確認された.


図7: 提案した共振器のミスアライメントに対する出力減少.比較として正枝不安定共振器(M=2.0)のミスアライメント感度を掲載.

  

まとめ

  • 宇宙における太陽光利用が人類の持続可能なエネルギー源の候補として検討されている.
  • 太陽光励起固体レーザーの研究は華々しく行われているが,それに適した光共振器の新しいアイデアはまだない.
  • 本研究室が,Conical-toroidalミラー型光共振器を提案,理論的計算の結果優れた性能があることが分かった.
  • なお,詳しい研究の成果はOptics Express[7]に掲載されている.

  

学会発表

「太陽光励起固体レーザーにおける光-光変換効率の上限に関する研究」 2007年9月 第68回応用物理学会講演会

  

参考文献

  1. Glaser, Peter E.. "Power from the Sun: Its Future". Science Magazine, 22 November 1968 Vol 162, Issue 3856, Pages 857-861.
  2. 京都大学生存圏研究所 スペースグループ http://www.kurasc.kyoto-u.ac.jp/plasma-group/index-j.html
  3. C. G. Young, Appl. Opt. 993-997, 1966.
  4. JAXAホームページから,「宇宙エネルギー利用の研究」 http://www.iat.jaxa.jp/res/amrc/ssps/07.html
  5. I. H. Hwang and J. H. Lee, "Efficiency and threshold pump intensity of CW solar-pumped solid-state lasers,"J. Quant. Electron. 27 (9), 2129- 2134 (1991).
  6. Taku SAIKI, Shinji MOTOKOSHI, Kazuo IMASAKI, Hisanori FUJITA1, Masahiro NAKATSUKA1, and Chiyoe YAMANAKA, "Nd/Cr:YAG Ceramic Rod Laser Pumped Using Arc-Metal-Halide-Lamp", Jpn. J. Appl. Phys. 46 (1), pp. 156-160, 2007.
  7. M. Endo, "Feasibility study of a conical-toroidal mirror resonator for solar-pumped thin-disk lasers," Opt. Express 15 (9), pp. 5482-5493, 2007.