太陽光励起ファイバーレーザー

改訂 2017/08/29
改訂 2017/02/14
2011/09/03

研究の背景

「太陽光励起レーザー」と呼ばれるレーザーがある.これは,太陽光を集光して直接レーザー媒質に当て,媒質を励起するレーザーのことである.レーザー媒質としては他の手段で励起されるレーザーと同様に気体,液体,固体が挙げられるが,最近の研究はほとんどが固体レーザー,媒質はNdとCrをコドープしたセラミックが主流である.

太陽光励起レーザーの歴史は古く,1966年には既に発振の報告があるものの,現在に至ってもまだ「実用化された」と言い切れるものは存在しない.理由は色々と考えられるが,中でも難しいのが「太陽光をどうやって集光するか」という問題である.現在までに報告されている太陽光励起レーザーはどれも太陽光を10,000倍程度に集光して,その焦点にレーザー媒質を置く必要がある.したがってレーザー装置は太陽光を常に追いかけて回転しなくてはならない.しかも集光度が大きいので精度は結構厳しい.

太陽光励起レーザーのアプリケーションとして考えられているのがレーザーパワーを利用したエネルギー分野への応用だ.したがって実用的な出力を出そうとすれば集光装置の大きさは少なく見積もっても十mのオーダーとなる.

かつて我々は,太陽光励起レーザーの集光に対する要件を緩和するため,Conical-Toroidal型光共振器を提案した.この方式は,平板状のレーザー媒質に正面から励起光を入れれば良いので集光に対する要件は相当緩和され,しかも良好なビーム品質のレーザーが取り出されるというものだ.必要な集光度が3,000倍程度にまで緩和できることを示した[1].


図1: Conical-toroidalミラー型光共振器の概念図

しかし,要求される集光度が劇的に変わった,とまでは言い難い.実は今から10年も前に,この集光度を「1」にまで低減できるアイデアを提案した人物がいた.電気通信大学の植田教授である.植田教授のアイデアは,媒質として光ファイバーを使う,と言うものだ.光ファイバーをレーザー媒質にする,というアイデア自体は既にあり,ファイバーレーザーはちょうどこのころから日の出の勢いで他の産業用レーザーのシェアを脅かす強力な存在感を示していた.植田教授は,2000年フィレンツェで行われたGCL/HPL国際会議の招待講演で,「ファイバーレーザーに太陽光励起を組み合わせれば,集光しないでも発振は可能だろう」と予言した.


図2: 植田教授提案の「無集光太陽光励起ファイバーレーザー」[2]

理屈としてはこうだ.光ファイバーにNdなどの活性媒質をドープする.太陽光を側面から当てるとNdは励起され逆転分布になるが,集光されない太陽光のパワー密度は低く,利得は観測不能なほど小さい.それゆえ太陽光励起レーザーは例外なく強集光を要求する.しかし,光ファイバーは固体レーザーに比べれば比較にならないほど長い.しかも,単位長さあたりの損失は世界記録が0.15dB/kmと固体媒質の物理的限界に近いほど少ない.従って,単位長さあたりの利得が単位長さあたりの損失を上回る可能性はあり,あとは長さで利得を稼げばレーザー発振は可能,という理屈である.

その後,電通大で詳しい計算が行われ,さすがに利得が損失を上回る,というのは楽観的な計算であったことがわかった.しかしそこで新たな提案をした人物がいた.植田グループ研究員のBisson氏である.


「温室効果チャンバー」による赤外線の増幅

太陽光の連続スペクトルのうち,Nd原子に吸収されるのは808nm帯のごく僅か(数%)の割合にすぎない.現在主流の太陽光励起セラミックレーザーは,NdとCrをコドープすることで可視の吸収効率を上げている.私も,上述のConical-Toroidal光共振器に組み合わせる媒質としてのコドープセラミックに注目し,その基礎特性を計測する実験を行っている[3].だが今回はこのアプローチは使えない.コドープによりファイバーの低損失という最大の利点を捨てることになるからだ.Bisson氏のアイデアは,「波長変換機構をファイバーの外側に置く」というものだ[4].概念図を下に示す.


図3: ロッド型レーザー媒質とディスク型レーザー媒質

Ndをドープしたアクティブ光ファイバー高反射率ミラーでできたチャンバーに入れる.中は増感色素で満たされており,太陽光に向かう面のみがダイクロイック(二色性)ウィンドウになっている.ダイクロイックウィンドウは700nm未満の短波長は透過,それ以上の赤外線は反射するような特性を持つ.色素は可視光を吸収し,800nm帯の赤外線を放出するものを選ぶ.候補の一つとして考えられるStyryl9Mの吸光,蛍光特性を図4に示す.


図4: Styryl9Mの吸光,蛍光スペクトル

こうすると,地球温暖化の原因である「温室効果」のように,入ってきた太陽光パワーは赤外線に変換されたまま出ていくことができない,という状態になる.実際にはそんなことにはならないのだが,簡単な計算をすればチャンバーの中は808nm帯のフォトンが太陽光の10倍~100倍の濃度に濃縮されることが示される.ここにアクティブファイバーを入れれば,等価的には太陽光が10~100倍に集光されたのと同等の効果が得られ,集光度「1」では厳しかった発振閾値を超えることが可能,と言う理屈だ.もちろん,外から見れば,このレーザーは平たく整形した光ファイバーの束(バンドル)に正面から太陽光を当てるだけで,無集光で発振していることには違いない.


理論計算

惜しいことに,2004年に提案されたこのアイデアは試されることのないまま放置されていた.しかし2008年の秋に,現在は(株)アマダに勤めるBisson氏からこのアイデアを聞いた私は非常に勿体ないことだと感じ,簡単な理論計算を行ってみた.

レコード盤ほどの体積にパックされたファイバーから5mWのレーザーが取り出されることがわかる.5mWといえばレーザーポインター程度の微々たるものだが,面積は幾らでも大きくなりうること,面積が大きくなるほど取り出し効率が上がることを考えれば,むしろこの程度の面積でも無集光で太陽光励起レーザーが発振することが示されたことが驚異的である.

アイデアの筋の良さを確信した私はBisson氏に公費を取得しての共同研究を申し出た.そして科研費(C)に応募,申請が受理された2009年から,Bisson氏と二人でこのテーマに取り組んだ.


第1期(科研費C)

まずは基礎研究.増感色素の量子効率の測定や,温室効果チャンバーの赤外線増幅率の測定,そして基礎的なファイバー増幅率計測試験などを行った.

増感色素の量子効率を計測

温室効果チャンバーの赤外増幅率を計測

ファイバー増幅試験

基礎研究の結果,「集光なし」のレーザー発振にはまだまだ技術的改良が必要とわかり,とりあえずは緩やかな集光光学系を適用することにした.集光倍率は100倍程度だから,それでも従来の太陽光励起レーザーに比べれば1/100ほどである.

屋外実験

屋外実験の結果,光共振器の片道あたり15%の利得を観測した.基礎試験の予測が裏付けられた.あとは,両端に光共振器を取り付ければ発振が可能,というところまでこぎつけた.

しかし,ここで研究費が底をつき,更に,実験に使っていたB棟屋上が,取り壊しで使えなくなった.惜しまれつつも,2014年度をもって,この研究はいったん終了.

 

第2期

2015年のある日,知り合いが私の元を訪ねてきた.太陽電池の研究を行っている,メー カーの研究者た.海外留学から戻ったばかりで,日本で新しいテーマを起こすにあたり,将来有望な自然エネルギーの利用について相談に来たのだった.そこで,中断した太陽光励起ファイバーレーザーの話をすると,大変興味を持ってくれた.話はトントン拍子に進み,2016年度から共同研究契約を締結.新たな研究テーマとして生まれ変わることとなった.

実験装置は完全な新設計.不安定なフレネルレンズを廃し,口径600mmのドーナ ツ型レンズを採用.円形に巻かれたファイバー全体を照射できるようにした.

光共振器は東海大の十八番,ピグテール型だ[5].この光共振器は,低損失,かつ反射率を任意に変更できるというメリットを持つ.太陽光励起レーザーの基礎研究には大いに役立った.

2016年11月25日,待望のレーザー発振を観測.速報の論文が2017年の8月にOptics Lettersに掲載された[6].レーザー出力は最大4mW,発振しきい値は自然な太陽光の15倍であった.これは,従来の太陽光励起レーザーに比べ3桁も低い値である.そして,次の目標は,集光倍率「1」の達成である.

 

学会発表等

T. Masuda1, M. Iyoda, Y. Yasumatsu, and M. Endo, "Low-concentrated solar-pumped laser via transverse excitation fiber-laser geometry," Opt. Lett. 42 (2017), pp. 3427-3430.

 T. Masuda1, M. Iyoda, Y. Yasumatsu, and M. Endo, "Low-loss pigtail reflector for fiber lasers," Rev. Sci. Instrum. 88 (2017), 053112 (5pp).

遠藤雅守, 「無集光で発振する太陽光励起ファイバーレーザー」, 光学 2013年9月号, pp. 466-468.

M. Endo and J-F. Bisson, “Positive Gain Observation in a Nd-Doped Active Fiber Pumped by Low-Concentrated Solar-Like Xenon Lamp,” Jpn. J. Appl. Phys. 51 (2012), 022701 (6pp).

遠藤雅守, 「無集光発振を目指す増感型太陽光励起ファイバレーザー」, レーザー学会学術講演会第32回年次大会 (2013年1月, 姫路) (シンポジウム講演)

遠藤雅守, Jean-François Bisson, 「増感剤と多重反射セルを用いた太陽光励起ファイバーレーザー」, レーザー学会学術講演会第32回年次大会 (2012年1月, 宮城)

遠藤雅守, Jean-François Bisson, 「色素増感型太陽光励起ファイバーレーザー」, 第71回応用物理学会講演会講演会 (2010年9月, 長崎)

謝辞

本研究は本研究は科研費(基盤C,21560045)の助成を受けて行われた.


参考文献

[1] M. Endo, "Feasibility study of a conical-toroidal mirror resonator for solar-pumped thin-disk lasers," Opt. Express 15 (9), pp. 5482-5493, 2007.
[2] K. Ueda, “Optical cavity and future style of high-power fiber lasers,” Proc. SPIE 3267 pp. 14-22, 2000.
[3] M. Endo, "Optical characteristics of Cr3+ and Nd3+ codoped Y3Al5O12 ceramics," Optics and Laser Technology Optics & Laser Technology 42, pp. 610-616, 2010.
[4] J. F. Bisson, K. Ueda, APLS 2004, (YongPyong, Korea) 2004 (3pp).
[5] T. Masuda1, M. Iyoda, Y. Yasumatsu, and M. Endo, "Low-loss pigtail reflector for fiber lasers," Rev. Sci. Instrum. 88 (2017), 053112 (5pp).
[6] T.Masuda1, M. Iyoda, Y. Yasumatsu, and M. Endo, "Low-concentrated solar-pumped laser via transverse excitation fiber-laser geometry," Opt. Lett. 42 (2017), pp. 3427-3430.