大出力レーザーによるスペースデブリ除去

10/08/05初出
12/10/26更新

スペースデブリとは

スペースデブリとは,直訳すれば「宇宙のがらくた」で,現在および将来にわたって有用な役割を果たさない人工物体のことを指す.具体的には寿命を終えた人工衛星,打ち上げに利用されたロケットの残骸,船外活動で誤って落とした(?)工具などが挙げられる.また,デブリ同士が衝突するとこれらは細かい破片となり,複雑な軌道を周回する多数の二次デブリとなる.じつは,こういう二次デブリがいま非常に大きな問題になっている.

地球周回軌道には総計2000t以上の人工物体があり,そのうち95%がデブリと言われている.

地球の衛星になるのに必要な速度(第一宇宙速度)は7.9km/s.比較的地球に近い低軌道を周回する人工物体の速度も大体同じと考えて良い.全く同じ軌道要素を持つ物体なら相対速度はゼロだが,異なる軌道要素を持つ物体が一点で交差するとき,相対速度の大きさは7.9km/sのオーダーになることは想像に難くないだろう.

 

レーザーで除去できるデブリ

大きなデブリは「プラネテス」のように人手で回収するか,あるいは予め軌道を予測して避ければよい.一方,大きさ1mm程度未満の小さいデブリは,人工衛星にシールドを施すことで対処することが検討されている.しかしその中間の大きさのデブリは,人手で回収するには数が多すぎ,シールドで防ぐにはエネルギーが大きすぎる.こういうデブリを地球軌道上から排除するのには大出力のレーザーが最適であることが研究の結果明らかになっている.

高度300~450kmの低軌道(LEO)は国際宇宙ステーションなどの有人ミッション実施にとって非常に重要な軌道である.この軌道に大きさ1~20cmのデブリが約20万個存在すると言われている.こいつが,レーザーで除去するターゲットとなる.


地球周回軌道上のデブリ分布(NASA提供)

レーザーによるスペースデブリ除去の概念


デブリの除去と言っても,何もデブリを蒸発させるわけではない.エネルギーの無駄だからね.いま一番脅威になっている高度400km~500kmを回るデブリに,ほんの少し力積を与えてやる.すると,軌道要素が変わって,地球のすぐ近くを通る楕円軌道になる.高度200kmより下は薄いながらも大気が存在するので,デブリは減速,数周地球を回ったところであえなく流れ星となる.

更に詳しく言うと,デブリにレーザーを照射できるのはデブリがレーザー照射可能な高度に達してから天頂に至るまでの約30-100秒.それ以上照射するとかえってデブリを加速してしまう.地上とデブリの間には厚い大気の層があり,レーザー光が乱されるので「補償光学」を使ったビームの成形が不可欠.もちろん,宇宙を狙うためには口径数mの望遠鏡が必要だ.どちらの技術も,天文学の分野では既に完成されているので開発要素はない.ただし,直径数cmのデブリを補足し,それを狙い続ける技術がまだ未完成.

 

先行研究

  • FALCON計画
    核エネルギー励起のArレーザーを用い,デブリを照射する.計画出力は数MW,レーザー発振モードは連続発振(CW).

    レーザー装置の概念図
  • ORION計画
    Nd: YAGレーザー(あるいはその2倍波)を用い,デブリを照射する.計画出力は30kW,発振モードはパルス.

    レーザー装置の概念図(Mercury Amplifier)

結合効率とは

デブリにレーザーを照射するとデブリの一部が蒸発気化,レーザーの照射方向に推力を発生する.このとき結合効率を以下のように定義する.

\begin{align} C_{\rm m}=P/E_{\rm inc} \end{align}

\(C_{\rm m}\) 結合効率 [Ns/J]
\(P\) デブリに与えられた力積 [Ns]
\(E_{\rm inc}\) デブリに照射されたレーザーエネルギー [J]

結合効率は対象物の物性,レーザーの波長,エネルギーがどのように与えられたかに大きく依存する.一般に,パルスレーザーは連続波のレーザーより数桁低いエネルギーで材料の一部を気化させることができるので,\(C_{\rm m}\)は大きくなる.また,金属に対する吸収率は波長が短いほど良いので,レーザーは近赤外,可視(赤)であることが望ましい.それより短い波長は大気のレイリー散乱により損失するのでスペースデブリ除去には向かない.上記の諸条件から理論的に結合効率を求めるのは難しく,ある照射条件における結合効率を求めるには実測によるしかない.

FALCON,ORION計画で見積もられた結合効率は

FALCON: 10-5 [Ns/J]     ORION : 10-4 [Ns/J]

と,パルスレーザーのORIONが一桁大きい. 次に,デブリがある一定時間\(T\)の間に受け取る力積を計算すると,

\begin{align} \Delta P = P_{\rm L}\eta C_{\rm m}T \end{align}

\(\Delta P\) \(T\)秒間にデブリに与えられた運動量 [kgm/s]
\(P_{\rm L}\) レーザー平均出力 [W]
\(\eta\)  レーザー出力のうちデブリに吸収される割合

となり,レーザーの平均出力が大きいほど有利であることは一目瞭然である.


化学酸素ヨウ素レーザー(COIL)

デブリ除去に最適なレーザーは,

  1. 平均出力が大きいこと
  2. ピーク出力が大きいこと

の両方が必要であることがわかる.しかし,一般に超大出力のレーザーは一定出力の連続発振か,1日に数発,といったパルス発振しかできない.一方,本研究室で1997年から研究している化学酸素ヨウ素レーザー(COIL)は,たとえ平均出力1MWの装置であっても,Zeeman効果を使った磁気ゲインスイッチにより,容易に連続パルス発振を得ることが出来る.


東海大の磁気ゲインスイッチ付きCOIL.画面中央,キャビティに乗っているのが電磁石.

磁気ゲインスイッチを使えば,平均出力をほとんど変えることなく,平均の10倍程度のピーク出力を得ることが出来る.これにより,結合効率の大幅な向上が期待できる.しかも平均出力1MWが既に達成されているCOILは,現在のところデブリ除去に最適なレーザーと言うことが出来るのだ.


COILによるデブリ除去のシミュレーション

以下の条件で,現在考えられる最大出力のCOILでどの程度のデブリが除去できるか計算してみた.

レーザー平均出力 1MW
レーザーピーク出力 10MW
軌道高度 400km
軌道傾斜角 45°
対象物体 アルミニウム
形状 3mmt,円形薄板
最終ミラー口径 3.0m
結合効率 3×10-5

※データはないがQ-swichパルスなので,FalconとOrionの中間を取った.


計算結果は上のグラフである.軌道傾斜角,高度よりデブリを照射出来る時間は55秒と算出され,その間に軌道変更に必要な速度,100m/sを与えるのに必要な照射時間をデブリ質量,直径の関数で表した.
グラフから,直径80cm,質量6kgの相当大きなデブリが一発で除去できることがわかる.

 

COIL開発の現状および将来

化学レーザーの研究・開発を牽引しているのは疑いも無くアメリカ軍の関係機関である.2010年には1MWのCOILを搭載した"Airborne Laser"がミサイル迎撃のデモンストレーションに成功している.しかし,残念ながらCOILの研究はこれを最後に急速に減速している.主な理由は,レーザー発振に大量の危険な化学薬品が必要である点,毒性を持つ排気ガスの取り扱いが厄介である点が運用上問題であり,COILのメリットを勘案しても代替案を探すべき,と軍上層部が判断したためである.他国では未だCOILの研究は続いているが,アメリカの判断が与えた影響は非常に大きい.

折しも,東海大学でも実験棟の老朽化に伴う取り壊しが決行され,我がCOILはその重量,容積を納める新棟確保ができないことから研究終了を余儀なくされた.上述のアメリカの決定と我が身に降りかかった不幸を考えれば,大出力レーザーによるスペースデブリ除去の夢を追いかけるためには,新しいレーザーを開発することが必要,と判断した.

アメリカでは,ポストCOILの防衛用大出力レーザー開発のトレンドは大きく三つに分かれている.

  • 放電励起で動作する酸素ヨウ素レーザー(ElectriCOIL またはDischarge Oxygen-Iodine Laser = DOIL)
  • 固体レーザー
  • 半導体励起アルカリレーザー

DOILはCOILで培われたノウハウがそのまま使えるので一見すると楽な道に見えるが,放電励起レーザーは化学レーザーとは本質的に違う.研究が本格的に始まって10年以上が経過しているが,未だに1kWの出力に届いていない.固体レーザーはアメリカでは最も有望とされているオプションだが,「物理の法則」という大きな壁が立ちはだかっており,100kWを越えるスケールアップはそのロードマップすら見えていない.

一方,ここ数年,業界を賑わせているのが半導体励起アルカリレーザー(Diode Pumped Alkali Laser = DPAL)である.これは,半導体レーザーを用いてRbやCsといったアルカリ金属原子蒸気を励起する一種のガスレーザーで,固体レーザーとガスレーザーの良いとこ取りをした優れたコンセプトである.我々はアルカリレーザーの可能性に賭けることにした.こうして,2011年から,研究室の看板を「化学レーザー」から「アルカリレーザー」に掛け替え,今日に至るという次第である.


光励起アルカリレーザー

Csを媒質としたDPALのエネルギー順位図を下図に示す.アルカリ金属原子の最低電子励起準位は二重に分裂した2P状態で,基底準位との間の波長の長い方の遷移,(2P1/2-2S1/2)はD1遷移,波長の短い(2P3/2-2S1/2)遷移はD2遷移と呼ばれている.DPALの励起はD2線にチューニングされた半導体レーザーを媒質に照射することにより行う.



DPALのエネルギー準位図

レーザー上準位である2P1/2への遷移は,レーザー媒質にエタン(C2H6)などの軽い炭化水素分子を混合する事により行われる.これらの分子と2P3/2準位との非弾性衝突による緩和がレーザー上準位へ原子を供給する.レーザーは(2P1/2-2S1/2)準位間の逆転分布により,D1線で発振する.

最も単純なDPALの概念図を以下に示す.DPALはレーザー媒質セル,媒質を一定温度に保つ恒温槽,励起用半導体レーザー,および光共振器からなる.セル内部は全圧1気圧程度で,数十kPaの炭化水素ガスとAr,Heなどのバッファガスと微量のアルカリ金属よりなる.セルはアルカリ金属の蒸気圧を維持するため,恒温槽により100~150℃に保たれたれる.D2線にチューニングされた励起光源をセルに入射し,セルを光共振器で挟めばレーザー発振が開始する.



最も基本的なDPALの概念図.単一ビームLDを軸励起で使用.

 

DPAL開発の現状

DPALの発振は2002年に報告され,2012年現在,出力1kWの発振が報告されている.マイルストーンとなる研究成果を以下に示す.

2002 Lawrence Livermore National Laboratory(LLNL)から初の発振が報告される.(Krupke et al.)
2004 LLNLが,初の連続発振DPALを達成.ただし,ポンピングは半導体レーザーで無くTi: Sapphire.(Beach et al.)
2005 USAF Academyが,初の初の半導体レーザー励起DPALを達成.(Ehrenreich et al.)
2007 USAF Academyが10WのDPALを報告.(Zhdanov et al.)
2009 浜松ホトニクスが12.1WのDPALを報告.レーザ出力/吸収パワーが82%に達する(Zheng et al.)
2010 General AtomicsとWKF Lasersが出力140WのDPALを報告.(Zweiback et al.)
2012 Russian Federal Nuclear Centerが1kWのDPALを報告.(Bogachev et al.)

 

本研究室は2011年度から,この前途有望な新型ガスレーザーの研究・開発に参入した.2012年現在の実験装置を以下に示す


東海大学のアルカリレーザー実験装置(2012.03)

結論

  • これからの宇宙開発は,スペースデブリに対する策を講じないと大変なことになる.
  • レーザーでデブリを除去する方法が有望視されている.
  • 化学酸素沃素レーザー(COIL)は,現存するレーザーで最もデブリ除去に適したレーザーである.
  • しかし,COILは危険な化学薬品を使うため,運用の点から問題視されており,米軍はCOILの実用化を断念.
  • 我々も,実験室解体に伴い,COIL研究から撤退した.
  • スペースデブリ除去が可能な新しい光源の候補として,今注目されている半導体励起アルカリレーザーの研究を開始した.