レーザー加工アシストガスの可視化

2010/08/05

序論

レーザーを使った切断,穴明け等の基本原理は,レーザー光によって材料のごく小さなスポットを溶融,蒸発させ,除去することである.レーザー,材料を固定しておけば穴明け,レーザー(あるいは材料)を操作すれば切断になる.

しかし,ほとんどのレーザー加工の場合,「アシストガス」を使って溶融,蒸発したガスを強制的に除去することが併用されている.目的は幾つかあるが,重要なものは

  • 蒸発した気体はレーザー光を吸収するのでビームのパス上からどかす必要がある.
  • 溶融した材料が意図しないところで再凝固すると,切り口が汚くなる(ドロス付着)ので吹き飛ばす.
  • 除去の際にガスによる運動量を併用すると遙かに効率がよい.

レーザー加工機 加工ノズルとアシストガス噴射方法

などである.しかし,このアシストガスの流れは複雑で,確立された理論はなく,ある切断方法においてどのようなアシストガスが適切かというのは今でも基本的には試行錯誤で探求するしかない.

例えば,N2をアシストガスに使った軟綱の切断の例では,僅かな切断条件の違いでドロス(溶融物)がカーフ(切り口)に付着したり,しなかったりする.そして,その原因がアシストガスによる大気の「巻き込み」が原因で起こることまでは明らかになっている.下の図は,Phoenicsで解析したレーザー切断ノズル近傍のガスの流れである.モデルは,単純に切断カーフを模擬した形状に0.2MPaの窒素ガスを吹き付けたときのガスの流れを計算したものだが,実際の切断でもドロスが発生する,ノズルの中心とレーザーの中心がずれた条件を模擬している.単純なモデル化にもかかわらず,ドロス付着を説明する特徴的な流れ場を見ることができる.


カーフ中央におけるアシストガス濃度(C1)の分布


カーフ中央における流速分布

 カーフの下側から大気の「巻き込み」現象が起こり,カーフ面におけるアシストガスの濃度が100%から低下している.これは,切断中に金属が大気中の酸素に晒され,酸化反応が起こることを意味する.この現象を実験的に観察することは出来るだろうか.

LIFによるアシストガスの」流れの可視化

レーザー加工のカーフ程度のスケールでガスの濃度分布を計測する手法はそれほど多くない.その中で我々が選んだのが「2トレーサーレーザー誘起蛍光法」である.なかでも,レーザービームを平板状に整形して対象物に照射する技術はPlaner Laser Induced Fluorescence(PLIF)として知られている.PLIFの原理は以下の通り.

紫外線のレーザーを整形し,平板状にして見たい場所へ照射する.ガスは透明で普通は見えないが,「トレーサー」と呼ばれる液体を少量添加する.トルエンなどの炭化水素が一般に用いられる.そして,トレーサーを含ませておいたガスを,望みの系で利用する.本研究の場合はアシストガスの流れが見たいので,加圧状態のガスを加工ノズルからカーフに向けて噴射する.そして,レーザーが照射されるとトレーサーがレーザー光を吸収し,レーザー光より長い波長の蛍光を発する.これを「レーザー誘起蛍光」(Laser Induced Fluoresence)と言う.あとは,蛍光の強度を適当な光学系で観察すれば,それが観察したいガスの二次元分布を示すという寸法である.

レーザービームの形状,見る範囲,トレーサーの濃度などに気を配れば,ガスの濃度を定量的に計測することも充分可能である.この分野の世界的権威,Hanson教授のホームページはこちら

実際のカーフは不透明なのでLIFによる可視化は極めて困難.上のCFDの様な画像を得るため,ガラスでカーフと同じ溝を作り,そこにトレーサーを混入したアシストガスを吹き付けて,横から撮影する方法を採用した.実験装置は以下の図.


実験装置の概略図

まずは,アシストガスの分布を見る.初めて撮影された,ダミーカーフ中のアシストガス濃度分布を下に示す.


CFDによる予測と良く一致する結果が得られた.この観測結果から,アシストガスのノズルの中心がレーザービームに対して上流にずれているときに大気の巻き込みが起こることが示唆される.

一方,ノズルを切断方向に対して横方向に±1mm程度ずらしても,アシストガスの流れに顕著な違いは見られなかった.


この観測結果と,実際のレーザー切断における加工品質の関連を見るため,レーザービームをわざとノズル中心からずらし,軟鋼の窒素ガスアシスト切断を行った.ノズルとレーザービームの相対位置を以下の①~⑤としよう.

そして,軟鋼シートから四角いピースを切り出した.この場合①の条件以外では全て,4辺においてノズル中心とビーム中心の相対位置が異なる条件での切断を行うことになる.

結果は,上図のように,アシストガスノズルが切断方向上流にずれている条件のときにのみ切断ピースにドロスが付着した.ノズルとビームの相対位置を変えた4ケース全てで同様の結果が得られたことから,原因は加工機とは無関係で,アシストガスとビームの相対位置のみであることが証明できた.

最後に,2トレーサー法による酸素可視化について述べる.

トレーサーとしてトルエンと3-ペンタノンを混合したものを用いる.励起波長を同じとしても,両者の蛍光波長が異なるためフィルターで容易に分離が可能である.そして,3-ペンタノンの蛍光は酸素の存在下でも影響を受けないのに対し,トルエンの蛍光は酸素存在下で急速に減衰する.従って,両者の比率を取れば,局所的な酸素濃度を計算で求めることが可能である.

現在,励起用レーザーの強度が不足でS/N比が充分でないが,予備的な実験で酸素濃度とおぼしき結果を得ることが出来た.

左の二つの写真が,波長で分離したトルエンと3-ペンタノンの蛍光強度である.これらのわり算をすると,局所的な酸素濃度が浮かび上がる.結果を右の写真に示す.アシストガスと雰囲気の境界線に沿って明るいリングが現れた.これは,アシストガスの中に酸素が入り込んでいることを示している.この外側はもっと酸素濃度が濃いはずだが,アシストガスが蛍光していない範囲は0割りになるため酸素濃度の観測は出来ない.ほぼ,予想通りの結果を得ることが出来た.

2006年度末現在,LIF法の成果は下のスライドのとおり.ノズルをずらしたときにカーフに大気が巻き込まれることがはっきりと映像化された.

シュリーレン法による実加工条件下におけるアシストガスの流れの可視化

2007年度,アシストガスの流体力学的研究を更に進めるため「シュリーレン法」による実加工条件でのアシストガス可視化に挑戦.興味深い結果を得た.

シュリーレン法とは,光の干渉を利用して透明な物体の僅かな屈折率差を可視化する手法.主に,圧力により密度が変化する,ガスの流れを可視化するときに使われる.流体力学においてはおなじみのツールだ.

しかし,これをレーザー加工の観察に使うことは難しい.加工中に材料がプラズマ化して強い光を出し,シュリーレンの光源から来る光を覆い隠してしまうからだ.また,アシストガスの圧力が0.1MPaG程度と低いときは密度差が小さく,コントラストの良い写真を得ることも難しい.

まず,実加工条件のシュリーレン写真が撮れるかどうか,アクリルの切断で予備実験を行った.アクリルの切断にはプラズマ発光は伴わないので条件は比較的楽だ.

続いて,軟鋼の酸素切断に同手法を適用させるため,光源をHe-Neレーザーとし,カメラの前に633nmしか通さない狭帯域フィルターを設置して撮影を行った.結果は9月に行われた第68回の応用物理学会学術講演会で発表した.