エキシプレックス励起アルカリレーザー(XPAL)

2012/10/26

背景

「半導体励起励起アルカリレーザー」(Diode Pumped Alkali Laser = DPAL)は,固体レーザーとガスレーザーの良いところを併せ持つ,次世代超大出力レーザーの候補として研究が行われている.現在ではその出力が1kWに届くまでになったが,励起光源である半導体レーザーとアルカリ原子の相性の悪さが問題となっており,これ以上の大型化を阻む要因の一つとなっている.

半導体レーザーは,典型的には2~3nmの帯域幅を持つ,レーザーとしては異例に広帯域な光源である.一方,アルカリ原子の(S-P)遷移は,孤立原子の電子遷移であるためその自然幅は10MHz(0.01pm)のオーダーであり,比べればほぼ純粋な線スペクトルと言って良い.したがって,半導体励起のアルカリレーザーを実現するためにはレーザー側はVolume Bragg Grating(VBG)を用いた狭帯域化および波長安定化,媒質側は圧力広がりによる吸収スペクトルの広帯域化で両者の整合を図っている.VBG結合半導体レーザーの帯域幅はサブnmに達するが,媒質の吸収半値幅は大気圧のバッファを使っても0.03nmと狭く,問題が完全に解決されたとは言えない.

更に,アルカリレーザーはD2準位に光ポンピングされた原子を非弾性衝突による緩和によりレーザー上準位に供給するため,数十kPaの圧力でエタン(C2H6)やメタン(CH4)などを混合する(図1).ところが,高強度の励起光の下で解離した炭化水素とアルカリ原子が反応し,アルカリハライドの固形物を生成することが問題となっている.これらは"Laser Snow"として知られており,アルカリ原子セルの窓を曇らせ,光損失になるだけでなくセルの光損傷の原因ともなる.



図1: DPALのエネルギー準位図


エキシプレックス励起アルカリレーザー

上述の問題を解決するアイデアとして,Readle等からExciplex Pumped Alkali Laser (XPAL)が提案された.XPALは,図2の様にアルカリ金属原子と希ガスが励起状態のみで存在可能な分子,エキシプレックスを作ることを利用した励起メカニズムである.XPALは,DPALでバッファガスに使われていたHeの代わりにArまたはXeを使う.アルカリ金属をCs,バッファガスをArとすると,ガス温度が400Kを超えるあたりから,837nm帯の光照射によりArCs*エキシプレックスが生成される.吸収線の半値幅は3nmと広い.D2遷移の短波長(Blue)側に現れるこのブロードな吸収線は"Blue Wing"と呼ばれている.ArCs*は直ちに解離,基底状態のArとCs(2P3/2)に分離するから,Cs(2P3/2)準位へのポンピングが行われる.これで,DPALの問題点の一つ,吸収線の狭さという問題が解決される.Readle等は,5個の準位が関係するこのシステムを「5準位XPAL」と呼んでいる.



図2: 5準位XPALの発振原理

ここで,レーザー媒質に敢えて炭化水素を混合しないと何が起こるかというと,(2P3/2-2P1/2)サブレベル緩和が起こらず,Cs(2P3/2)準位に原子が蓄積される.すると,Cs(2P3/2)と基底準位の間に逆転分布が成立し,システムはD2線で発振することになる.つまり,励起準位をエキシプレックス経由とすることで,(2P3/2)準位を上準位とするアルカリレーザーが成立するわけである.Readle等はこれを「4準位XPAL」と呼んでいる.このように,4順位XPALは現行DPALの持つ二つの問題点を同時に解決する一石二鳥のコンセプトと言える.5順位XPALは2008年[1],4順位XPALは2010年[2],いずれもReadle等により発振が実証されている.ただし発振はナノ秒パルス波長可変レーザー励起によるもので,半導体励起が実現されたわけではない.



図3: 4準位XPALの発振原理


遠藤研におけるXPAL研究

アルカリレーザー,そして励起方式としてのXPALの可能性に注目した我々は,2011年から研究を開始した.まずはReadle等と同様,パルスレーザーを光源として,レーザー媒質の性質を確認,レーザー発振が起こることを実証することを目的とした.

実験装置

実験は利得測定とレーザー発振に大別される.利得測定試験のセットアップを図4に,レーザー発振のセットアップを図5に示す.利得測定は波長895nmのD1遷移にチューニングしたプローブレーザーをセルに通し,その増幅をナノ秒フォトディテクターで観測した.レーザー発振はL字型光共振器を構成し,出力結合は光軸に挿入した石英ウィンドウからのFresnel反射により行った.光共振器はPBSで折り返しているため,発振はS偏光に強制される.したがって,いわゆる「ブリュースタ結合」と異なり,出力結合は15%から最大80%超までが可能である.


図4: 実験装置の概念図(利得測定)


図5: 実験装置の概念図(レーザー発振)

ポンプ光源はTi: Sapphireレーザー(Lotis TII: LT-2211+LS-2134U)を用いた.パルス幅は40ns,エネルギーは最大30mJ/pulseまで可能だが,本研究では3mJ/pulse未満で使用した.実験装置全景写真を図6および図7に示す.


図6: 実験装置全景


図7: 光共振器



実験結果

利得プロファイルの計測結果を図8に示す.プローブレーザーはD1線のものしか無いため,結果は5準位のものだけである.測定はプローブ波長を変えて複数回行い,結果をガウス関数でフィットした.アルカリレーザー特有の,極めて高い小信号利得係数が得られている.半値幅の44pmは,ガス圧力とAr,C2H6の広がり係数から妥当な値である.励起パワーに依存したわずかなピークシフトが見られるが,原因は不明で,目下調査中である.



図8: 利得プロフィアルの計測結果

利得のポンプ波長依存性を図9に示す.Blue wingの半値幅は約3nmで,この条件では最大1.5cm-1の利得が得られている.驚くべきは,D2遷移励起による利得の半値幅が5nmと拡大していることで,ピークも(当然のことながら)エキシプレックス励起より大きい.この条件においてはエキシプレックス励起よりもD2線直接励起の方が容易であることが明らかになった.



図8: 利得のポンプ波長依存性

5準位および4準位のレーザー発振試験の結果を図9および図10に示す.グラフは,レーザーのピーク出力を出力結合の関数として表したものである.レーザー発振は5準位,4準位のどちらでも観測された.出力結合を変えることにより,いわゆる"Rigrod analysis"によってレーザー媒質の小信号利得係数g0及び飽和強度Isを知ることができる.ただし,XPALの利得は極めて大きいため,利得係数が小さい近似の下で成立するRigrodの式を使うことはできず,非線形Rigrodの式を数値的に計算してg0,Isを計算した.その結果,図に示されるような結果を得た.プロットは実験結果,プロットを結ぶ線は非線形Rigrod curveのベストフィットである.5準位XPALの計算結果が小信号利得の直接計測結果と一致したことから本手法の妥当性が保障され,4準位XPALの利得が明らかになった.

図9: 5準位XPALのレーザー発振試験結果

図10: 4準位XPALのレーザー発振試験結果

数値シミュレーション

XPALのレーザー媒質の挙動を理解するため,数値シミュレーションを構築した.シミュレーションは1次元の時間発展レート方程式コードで,その概念図は図11に示される.



図11: 数値シミュレーションの概念図

関係するレート方程式のリストを以下に示す.

計算結果と実験結果を比較した.図12はパルス波形を比較したものである.パルス幅,ポンプ光に対する相対的なタイミングが良く再現されている.



図12: 実験と計算の比較 - パルス波形

図13は光-光変換効率を比較したものである.本研究における光-光変換効率は[レーザーパルスエネルギー]/[ポンプパルスエネルギー]で,媒質に吸収された割合では無い.計測の結果,ポンプパルスはほとんど媒質を素通りしているので,グラフにあるような低い値となった.計算結果は実験結果に比べて大幅に過小評価となったが,レーザー発振が開始する閾値は良く再現された.



図13: 実験と計算の比較 - 光-光変換効率

実験結果とモデルが一致しない原因は,フォトンの帯域幅を考慮していないこと,モデルが一次元であること,エネルギー吸収のモデルが単純な吸収断面積モデルによっていることなどが考えられ,今後改善の予定である.


まとめ

半導体励起アルカリレーザー(DPAL)の欠点を補うエキシプレックス励起アルカリレーザー(XPAL)の研究を開始した.研究はまだ始まったばかりであるが,小信号利得の測定に成功し,4準位,5準位いずれの構成でもレーザー発振を観測した.シミュレーションコードを構築し,実験結果との良好な一致を見た.ただし,光-光変換効率は定量的な一致を見ることができなかったため,今後はモデルの改良を計画している.


学会発表等

[1] M. Endo, T. Nagai and F. Wani, "Experimental Investigation and Numerical Simulation of Exciplex Pumped Alkali Lasers," XIX International Symposium on High Power Laser Systems & Applications (Istanbul, Turkey), Sep. 2012, Proc. SPIE 8677 (2012) 8677-18 (8pp).


参考文献

[1] J. D. Readle, C. J. Wagner, J. T. Verdeyen, D. L. Carroll, and J. G. Eden, "Lasing in Cs at 894.3nm pumped by the dissociation of ArCs excimers," Electronics Letters 44 (2008), pp. 1466-1467.
[2] J. D. Readle, J. G. Eden, J. T. Verdeyen, and D. L. Carroll, "Four level, atomic Cs laser at 852.1 nm with a quantum efficiency above 98%: Observation of three body photoassociation," Appl. Phys. Lett. 97 (2010), 021104 (3pp).