トリプルアクシコン光共振器

2010/08/05

研究の背景

光は電磁波で横波なので,進行方向に垂直な平面のあらゆる向きの振動が許される.いま,レーザー媒質を二枚の鏡で挟んだ,最も単純なレーザー装置を考える.


図1: 最も単純なレーザー装置とランダム偏光発振

「レーザー」というから,さぞかし綺麗な発振がおこるかと思いきや,レーザービームの進行方向断面の電場は上の図のように意外と汚い.これは,レーザー媒質はどの方向の電場も一様に増幅する性質があるため,結果としてはじめのランダムな自然放出がそのまま増幅されるためだ.これを「ランダム偏光」のレーザービームと言う.

ランダム偏光のレーザーは色々と使いにくいので,レーザー発振実現の初期から,レーザービームの偏光を制御することが行われてきた.最も単純で有効なのがブリュースタ窓を利用した「直線偏光」発振だ.図2のような構成のレーザー装置は,共振器の中に挟まれたブリュースタ窓がレーザー発振を妨げることなくその電場振動方向を窓の傾いた方向にのみ規制する.


図2: ブリュースタ窓を持つレーザー装置と直線偏光発振

しかし,代表的なレーザー応用の一つであるレーザー切断に直線偏光レーザーを使うと,ちょっとまずいことになる.図3は,レーザー切断の様子を示した模式図だが,レーザービームは切断面に対して常に90°に近い角度で当たっていることが理解できるだろう.ところが,金属などレーザー光に対して吸収を示す材料は,入射角が90°に近くなると電場振動方向によってその吸収率が大きく違う.図3に,実際に計算した例を示すが,電場が切断面に対して垂直に振動するp偏光は50%が吸収されるのに対して,電場が切断面に平行なs偏光はほとんどが反射される.


図3: レーザー切断の原理および反射率の偏光依存性

レーザーの偏光方向を変えるためにはレーザー装置を回転させなければならない.そんなことは出来ないので,このままでは切断の方向によって材料への吸収率が大きく変わり,それに伴って切断性能も方向依存性を持ってしまうことになる.もちろん,あらかじめ切断が直線状で,かつ切る方向が決まっている場合はこれでも差し支えないが,そういう応用は限られている.むしろ,あらゆる形を自由に切り抜けるところにレーザー切断の存在意義があると言っても良い.技術者達はすぐに直線偏光のレーザーを円偏光に変換して使うことに気がついた.


図4: λ/4板を使った「円偏光レーザー」

※特殊な変換器を使い,メカニカルに偏波の向きを回転させて進行方向にp偏光が向くような装置を開発した人はいた.しかし,偏光回転の速度が遅いため広くは使われていない.

直線偏光から円偏光を作る方法は簡単だ.直線偏光で発振しているレーザーの出力ビームをλ/4という板に当てるだけだ.円偏光とは,ある一瞬の電場は直線偏光と区別が付かないが,電場は振動するのではなく回転する.したがってレーザーの電場振動の1周期ではその半分がp偏光,半分がs偏光ということになる.これで,フレキシブルなレーザー切断に対応した,「円偏光レーザー」が完成した.現在の大出力レーザー加工機のほとんどが円偏光のビームを利用している.

しかしここで,円偏光レーザーはは一つ大事なものを犠牲にしていることに気がついただろうか.そう,円偏光のレーザービームは,材料に当たっている時間のうち半分は反射率の高いs偏光.つまり,均一性を優先するあまり,材料に対して非常に無駄なレーザービームの当て方をしていることになる.

どの方向から見てもp偏光に見えるようなレーザービームがあれば,材料に対する吸収率は単純な計算ではほぼ2倍になり,飛躍的な加工性能向上が期待される.そのようなレーザー発振が可能かというと実は可能で,その名を「ラジアル偏光」ビームという.ラジアル偏光ビームは,電場ベクトルが全て中心から放射状に向かう.従って,中央の電場ベクトルは一意に決められないためビームは必ずドーナツ状だ.ついでに,電場振動が常に円周方向の「アジマス偏光ビーム」も憶えておこう.

ラジアル偏光ビーム アジマス偏光ビーム
図5: ラジアル偏光ビームとアジマス偏光ビーム

先行研究

ラジアル偏光ビームがMaxwell方程式の解として成立すること,すなわちそのようなレーザービームが生成可能であることは早くから知られていた.そして,実際に様々な分野で応用されてもいる.しかし,ラジアル偏光ビームのその明らかな優位性にもかかわらず,レーザー加工への応用は遅れていたと言って良い.最も大きな理由は,大出力レーザーに適用可能で,かつ現行の商用レーザーに組み込み可能なシンプルなラジアル偏光ビーム生成方法が知られていなかったからだ.

ちなみに,小出力で良いなら,直線偏光ビームをラジアル偏光に変換する道具は市販品がある.

Radial Polarization Converter - AR Optics(スイス)

Z偏光素子 Zpol - ナノフォトン株式会社

そんな中,2007年にドイツのッシュツットガルト大学とレーザー加工機メーカーTrumpf社のグループが3kWのラジアル偏光CO2レーザーを開発,発表した[1].

Photonics Spectra誌のオンライン記事(2007年9月)

彼等のアプローチは,普通の安定型の光共振器のミラーのうち一つを,特殊な回折型素子に置き換えるというものだ.参考文献[2]より引用した,特殊ミラーの概念図を図6に示す.


図6: ラジアル偏光発振を生み出す円形溝回折素子ミラー

円形に刻まれた細かい溝が光導波路の役割を果たし,アジマス偏光成分の電場は多層膜の中へと伝搬する一方,ラジアル方向の電場は導波路に結合出来ずに反射する.結果としてこのミラーはラジアル偏光のみに高い反射を持つ選択的反射率ミラーとなり,このミラーを光共振器に使えば自動的にラジアル偏光での発振が実現するというものだ.極めて合理的かつシンプル.

しかし,世界最大出力の加工用レーザーを市販するTrumpf社にして3kWが限界だったのは,レーザー装置の性能ではなくこのミラーがそれ以上の出力に保たなかったからではないかと推測する.

[1] M. A. Ahmed et al., "Radially polarized 3 kW beam from a CO2 laser with an intracavity resonant grating mirror," Opt. Lett. 32, pp. 1824-1826, 2007.
[2] T. Moser et al., "Generation of radial polarization in Nd:YAG and CO2 lasers and its applications," Proc. SPIE 5708, pp. 112-123, 2005.


新しい発想によるラジアル偏光共振器の提案

我々はこの問題に対して異なるアプローチで挑んだ.我々の提案するラジアル偏光光共振器の概念図を図7に示す.


図7: triple-axicon型光共振器の概念図

光共振器はごく普通の半透過出力ミラーと新開発のtriple-axiconユニットからなる.間に挟まるレーザー媒質は円形の開口が確保できるものなら気体,固体,液体何でも良い.triple-axiconユニットはdiamond turning技術で精密切削されたwaxiconとaxiconを同軸に嵌め合わせたもので,レトロリフレクターとして機能する.したがってこれが光共振器として機能することに疑いの余地はないのだが,なぜこれがラジアル偏光を生み出す共振器となるのだろうか.それは,斜め45度の反射面におけるp偏光とs偏光の反射率の違いがキーとなる.


図8: triple-axiconにおける偏光選択の原理

triple-axiconに入射した光線は図8のように6回反射して戻ってくる.そして,いずれの反射においても反射面は入射光線に対して45°,かつ,ラジアル偏光は反射面に対して常にp偏光,アジマス偏光はs偏光である.図3にもあるように,一般にどんな物体でも斜めに光が入射したときの反射率はp偏光とs偏光で異なる.レーザーの反射鏡は通常誘電体多層膜コーティングが施してありこの反射率をある程度自由に操作することが出来るのだ.すなわち,45°の入射角に対してRp>Rsと言う反射面も,Rp<Rsという反射面も自由につくることができる.いま,反射面の特性がRp>Rsとなるようにコーティングの設計を選んだとしよう.すると,triple-axiconに入った光はp偏光(ラジアル偏光)でいた方がs偏光(アジマス偏光)でいるよりもエネルギーの損失が少ない.レーザー光は光共振器の中で何度も往復するので,わずかな違いでも最終的には決定的な優劣となって,結局この共振器はラジアル偏光で選択的に発振する.もちろん,反射面をRp<Rsとすればアジマス偏光を狙って出すことも可能.


共振器シミュレーションによるアイデアの実証研究

4.


図9: 共振器のシミュレーションモデル

まずこのアイデアが本当に成立するかどうか,実際に作る前にシミュレーションで確認する必要がある.モデルは図9のようなもの.太陽光励起レーザーで開発したコードを少し改造した.光伝搬は図中に示されたFresnel-Kirchhoffの回折積分で計算するのだが,図中BやDの,光が放射状に伝搬するところをモデル化するのに少々苦労した.

計算モデルとして,東海大にあるAmada OLC-2000にこのミラーを組み込んだと仮定して,本当にラジアル/アジマス偏光発振が起こるのかどうかを確認した.結果を図10に示す.


図10: 偏光選択性を実証した計算結果

グラフの横軸はRpとRsの差,縦軸は発振モードのうちどれほどの割合がラジアル偏光成分を保っているかを示す.計算はs偏光反射率を98%に固定し,p偏光反射率を96から100%までの間で変化させた.その結果,RpとRsがわずか0.5%異なるだけで発振は完全なラジアル/アジマス偏光となることが示された.よし,行けるぞ!



実験装置


図11: Amada OLC-2000とその共振器

実験に用いるのはAmada OLC-2000.出力1kWクラス(頑張れば1.5kWは出る)三軸直交型連続発振炭酸ガスレーザー.愛甲石田に本社がある(株)アマダ殿より1997年に寄付していただいたもので,いままで様々な研究テーマに役立っている.今まではレーザー発振器から出てきたビームを使った応用研究のみだったが,今回初めてその中身に手をつけることになった.OLC-2000の共振器は全長5.1mの3パス安定型共振器.曲率20m CCの出力鏡と全反射鏡を二枚のリレーミラーで繋いでいる.上で述べたように加工用レーザーは直線偏光で発振させる.OLCの場合はブリュースタ窓ではなく,共振器内部に直線偏光のみを反射する偏光板を挿入している.偏光板と全反射ミラーからなるリアミラーユニットを取り外し,本研究で開発したラジアル偏光ミラーが取り付けられるようなマウントを装着する.

市販レーザーに適用可能な技術であることをアピールするために,レーザーのその他の部分には一切手をつけなかった.出力ミラーですらオリジナルのまま利用.triple-axiconユニットを装着したOLC-2000の様子を図12に示す.別に,何の違和感もなく付いた.この辺は,設計した山本さんの腕が冴えるところ.


図12: triple-axiconユニット装着状態.上の写真と比べてみよう.

※OLCの改造には(株)アマダの先端技術開発部の方々に大変お世話になりました.御礼申し上げます.

図12の銀色の円筒部分の中に,triple-axiconミラーが入っている.ミラーは国内のある専門メーカーに作ってもらった.写真を図13に示す.


図13: 完成したラジアル偏光ミラー.この後,二つの部品を向きあわせにしてきっちりと嵌め合わせる.

要求仕様はRp>99.5%,Rs<98.5%だったが,メーカーによるとRp>Rsの反射面は逆の場合に比べて非常に難しいのだそうだ.実際,何社にも問い合わせては断られ,ようやく請け負ってくれるところを探し出した.「いちおう,設計上は前述のスペックは可能だが膜厚許容誤差が小さく,Rp>Rsの保証はしない」との返事.しかし他に選択肢はない.

待つこと数ヶ月,品物が届いた.データシートを見るとRp=99.0%,Rs=88.9%とある.Rpが若干低いが,ラジアル偏光発振には支障がない.と,ミラーの無事完成を喜んだのもつかのま,メーカーから電話が掛かってきた.なんでも,「ミラーに添付したデータシートが間違っており,本当の反射率はもっと低い」,というのだ.正しい反射率はRp=98.1%,Rs=98.0%.予想される最悪の結果となった.せめて,0.5%の差がついてくれれば...

それでも,レーザー発振が可能であることを証明し,あわよくばラジアル/アジマス偏光どちらかでの発振を期待して,完成したミラーをOLC-2000に装着した.


実験結果(08FY)

まず,レーザー出力をアクリルに焼いて直接観測した.発振モードは綺麗なドーナッツ状.モード形状から推測してTEM01*,またはLG01モードで発振していることはほぼ間違いない.レーザー出力は1kWとオリジナルの出力より小さい.これは,反射率が面あたり98%と予想外に低いことが原因.


図14: レーザービームをアクリルに焼いてモード形状を観測


図14: ビーム観察位置を示した図

次に,アマダの持つ高価な計測装置を借りて,レンズで絞った焦点でのパターンを観測してみた.


図15: 火線計測の結果

ラジアル/アジマス偏光の特徴である,レンズ焦点(far field)においてもドーナツ状という特徴が見事に捉えられた.計測されたM2値は2.02と,LG01モードの理論値,2.0にぴたりと一致した.

最後に,図16のようにレーザー出力を直線偏光に通し,A点においてモードを観測した.直線偏光や円偏光ならビーム全体の強度が変わるが,ラジアル偏光やアジマス偏光なら蝶ネクタイのようなパターンが残るのですぐ分かる.


図16: 回転直線偏光板を通して見たレーザー出力.左上インサートが偏光板透過軸方向

これを自作ソフトウェアに放り込み,偏光分布を解析した結果が図17.


図17: 偏光解析の結果

うーん,アジマス偏光だ.予定とは逆だったが,とにかく目論見通り軸対称偏光が得られた.

なぜ,偏光が目論見と逆になってしまったのか.はじめはメーカー提出の反射率が実際とは異なりRs>Rpになっているからではないかと思っていた.しかしある時,あるきっかけで恐るべき事実が判明した.

レーザー光をλ/4板に通して見たのだが,偏光が全く回転しない!λ/4板がおかしいのか?しかしこれは全数検査を通った一流メーカー品.次に偏光解析ソフトを疑ったがこれも問題なし.最後に疑われたのがレーザーの発振波長.反射型のλ/4板は多重反射を利用した光学素子なので,透過型とちがい波長が設計と異なると全く機能しない.まさかと思ったが実測してみることにした.絶対に間違いがないよう,CO2レーザー専用の分光器(Macken Instruments Type 16A)を利用.


図18: 波長計測の結果

波長9.5μm,P18とP20ラインにくっきりとブラックマークが現れた.CO2レーザーの発振波長は一般に10.6μmと言われている.しかし,あらゆるレーザーの教科書に書いてあるように,9.6μm帯にも利得はあり(110-020遷移),上手く工夫すれば発振させることも可能.しかしその場合,10.6μmで先に発振してしまわないような特別な工夫が必要で,そのため新型共振器をつけたOLC-2000も発振波長は当然10.6μmだと思いこんでいた.早速,メーカーに問い合わせてみたところ,9.6μmにおけるS偏光の反射率が10.6μmにおけるP偏光の反射率より若干高いことが判明.

表1: 波長ごとの反射率一覧

波長 10.6μm 9.6μm
計測方法 テストピース 計算による推定
Rp[%] 98.1 93.8
Rs[%] 98.0 98.7

わずか0.5%ではあるが,9.6μmのS偏光の方が反射率が高い.通常はこの程度の差で発振波長が選ばれることは無いのだが,今回ミラーは6回反射のトリプルアクシコン.偏光を敏感に選択するメカニズムが波長選択にも効いてしまったというわけだ.というわけで初期の目標が完全に達成されたとは言えないが.出力1kWのアジマス偏光発振は国内ではまだ報告されていない.これだけでも立派な成果で,権威ある論文誌"Optics Letters"に掲載された.

しかし,まだ話は終わりではない.ラジアル偏光が出なければ加工試験ができない!!幸いなことに,アジマス偏光とラジアル偏光はλ/2板を2枚使った光学素子で容易に相互変換できることが知られている.変換の原理を図19に示す.



図19: アジマス-ラジアル相互コンバーター

残念なことに,予算と時間の関係から9.6μm用λ/2板を特注することはできない.そこで,市販レーザー(10.6μm)用のλ/4板を8枚使った,図20のようなコンバーターを作った.もちろん,何らかの理論的裏付けがあってやっているわけでなく,ヤケクソである.


図20: 市販のλ/4板を使ったコンバーターとその変換結果

右側が入力ビーム,左側が変換されたビームの偏光状態である.「なんちゃってラジアル偏光」とでも呼ぼうか.何ともビミョーな偏光状態のビームが得られた.現在,このビームを使った切断試験を実施中である.恐らく効果は限定的なものになるだろう.早く,次のミラーを作りたい.今度は10.6μmで発振する,はじめからアジマス偏光を狙ったミラーを作れば安全だ.コンバーターもそのまま使えるし.



実験結果(09FY)

昨年度の失敗は,難易度の高いラジアル偏光を狙ったのが原因であった.09年度,JST「つなぐしくみ」の支援を得て,再びラジアル偏光を作るチャンスがめぐってきた.今回は,はじめからコンバーターの使用を前提にアジマス偏光を狙おう.レーザーも,(株)アマダ殿より「OLC-420H」の提供を受けた.公称出力は2kWと今までの二倍.なんでも,平塚のジョブショップで働いていたが,機種更新で退役したものだそうだ.それでも,運ばれて来た直後,調整もなしに公称出力を楽々叩き出した実力を持つ.


図21: 09年度試作のトリプルアクシコンミラー

s偏光に対して高反射率のコーティングは技術的蓄積が充分あるのでRs>99.5%は楽勝.今回はp偏光の反射率を高めないよう注文を付けたので2%のコントラストが付いたが,こんなに差が無くとも楽勝でアジマス偏光発振が可能である.


図22: 偏光解析の結果

偏光解析の結果を図22に示す.予想通りのアジマス偏光となった.波長は計測していないが10.6μmであることは疑いがない.


図23: レーザー出力.円偏光ミラーとの比較.

レーザー出力が思ったほど伸びない.当初は熱の影響でミラーが変形したのかと考えたがそうでは無かった.ミラーの形状が,確かに設計通りではなかったのだが,それはミラーの製作方法に原因があった.

某有名光学機器メーカーに依頼して,waxiconミラー表面の形状をスキャンして貰った.測定方法は,外周axiconに向けて平面波を照射し,内周axiconから戻ってきた光の波面を平面波と参照にして計測するというものだ.角度45°の斜面は二回の反射で相殺されるから,得られるのはwaxicon表面の,参照平面に対する曲率である.設計では,外周axiconには50mの凸曲面がついている.


図24: waxiconミラーの表面形状

上のグラフはA-A'線の形状(角度45°の基準線からの変位),下は二次元等高線である.明らかに,ミラー形状は円筒対称ではない.しかも,本来は曲面でなければいけないミラー形状が,右側は斜めの直線状になっている.光学機器メーカーのエンジニアによると,「ミラー裏面の固定ネジを締めると,ミラーが変形します」とのことだった.

こういうミラーは,diamond turningという一種の旋盤を使い削り出す.そのとき,クランプするのが難しいので,メーカーは裏面にネジ穴をあけ,そこにボルトを突っ込んで治具に固定して切削加工を行った.その後,ネジをゆるめると,せっかく設計図どおりに削り出した表面が僅かに歪んでしまう,ということが今さら明らかになったわけだ.

ミラーの厚みは私が指定したものだが,まさかこれほど銅のブロックが変形するとは 思わなかった.高い授業料である.しかし,いまさら「もうひとつ」というわけにはいかない.なにしろ,試作品は高価なのだ.代わりに,Amada OLCが3パスのz型光共振器であることを利用して,補正光学系でこの歪みを正してやることを思いついた.あの有名なHubble宇宙望遠鏡と同じ作戦だ.

補正ミラーは,本来は平面鏡の二枚の中継ミラーを交換して設置する.


図25: 曲率補正ミラー


図26: 補正ミラー曲率半径とレーザー出力の関係(シミュレーション)

曲率補正ミラーの曲率と,レーザー出力の関係を数値シミュレーションで計算して最適な曲率を割り出す.私の最も得意とする分野だ.その結果,曲率30mの補正ミラーを組み込めば出力は2kW近くまで回復することがわかった(特許出願中).


図26: レーザー出力.円偏光ミラーとの比較.補正光学系組み込みによる改善.

さて,効果のほどはいかに.再びレーザー出力計測試験を行った.その結果,ほぼシミュレーションの予想通りの出力が得られた.円偏光ミラーに対する割合は低出力領域で90%,最大出力でも80%と,まずまずの結果である.ちょっと電源にムリをさせれば2kWの出力を得ることも可能.


図27: 変換で得られたラジアル偏光

続いて,コンバーターを使いアジマス偏光をラジアル偏光に変換した.完璧とは言え ないが,充分きれいなラジアル偏光だ.ビームが縦に長く見えるのは,偏光計測システムがにわか作りのバラックなので,ビームが計測面上で移動してしまうため.実際のビームはバーンパターン計測で真円であることが確認されている.

偏光およびパワーの変換効率を計測したところ,偏光変換効率は98%,パワー変換効率は95%であった.パワー変換効率は若干低いが,これは,λ/4板,ゼロシフトミラーがそれぞれ1枚あたり0.5%(Typ.)の反射損失を持つので妥当な値だ.専用設計なら2枚のλ/2板で99%が期待できる.

この,アマダ製作の偏光コンバーターだが,変換効率は原理的に低いものの,一つ大きな利点がある.それは,大パワー対応の反射光学系であるにもかかわらず,光軸がずれないのだ.したがってこんな芸当が可能.


図28: 偏光コンバーターのモードチェンジ

冒頭で述べたように,レーザー穿孔においてはアジマス偏光が有利.ほぼ全ての切断加工はまず穿孔からはじまるから,アジマス偏光で穿孔したのちラジアル偏光で切断すれば,加工性能は更に向上する.本方式の偏光コンバーターは,モードチェンジによりラジアル偏光,アジマス偏光を切り替えることが可能なのだ.アクリルパターンを焼いて試験を行ったところ,変換モード/非変換モード切替がスムーズにできることを確認できた.


図29: 偏光コンバーターモード切り替え試験の結果

以上の奮闘の結果,開発目標の「2kW級のラジアル偏光CO2レーザー」を得ることがで きた.レーザー加工に利用できる安定性,出力を持ったラジアル偏光レーザーは世界でも我々とドイツIFSW,そして日本の三菱電機にしかない.今後は,この珍しいレーザーを活用して,どんな加工を行ったときに最も偏光のメリットが得られるかを検証していく予定である.


まとめ

  • axiconとWaxiconを組み合わせたtriple-axiconミラーを用い,市販レーザーでもラジアル偏光,アジマス偏光が出せることを実験で証明した.
  • ラジアル偏光発振ミラーを製作,市販の炭酸ガスレーザー,Amada OLC-420Hに装着した.
  • アジマス偏光で出力2.0kWを達成した.
  • レーザーの横モードがLG01であることを確認,理論の正しさを証明した.
  • アジマス→ラジアル偏光コンバーターを製作,98%の偏光変換効率,95%のパワー変換効率でアジマス偏光をラジアル偏光に変換できた.
  • 円偏光ミラーの共振器に対する出力は80%であった.これはトリプルアクシコンミラーが設計どおりに製作できなかったことが原因と考えられる.


謝辞

本研究遂行にあたり,様々な支援をご提供下さった(株)アマダ技術研究所に感謝の意を表する.本研究は独立行政法人科学技術振興機構(JST)の公募研究により行われた.(お願いだから仕分けないで)


対外発表

  1. 「トリプルアクシコン光共振器の開発および 高出力アジマス偏光ビーム発生」 2008年9月 第69回応用物理学会講演会
  2. 「トリプルアクシコン光共振器による加工用 ラジアル・アジマス偏光ビーム発生」 2009年9月 第70回応用物理学会講演会
  3. M. Endo, "Development of an optical resonator with conical retroreflector for generation of radially polarized optical beam," SPIE Photonics West 2008 Laser Resonators and Beam Control X, San Jose CA, Jan. 21-24, 2008.
  4. M. Endo, "Azimuthally polarized 1 kW CO2 laser with a triple-axicon retroreflector optical resonator," Optics Letters, Vol. 33, Issue 15, pp. 1771-1773 (2008).
  5. M. Endo, "A 1kW azimuthally polarized CO2 laser," XVII Gas-flow and Chemical Lasers and High-Power Lasers, Lisbon, Portugal, Sep. 15-19, 2008.
  6. M. Endo, "Generation of multikilowatt radially or azimuthally polarized CO2 laser beams by a triple-axicon optical resonator," SPIE Photonics West 2010 Laser Resonators and Beam Control XII, San Francisco CA, Jan. 24-27, 2010.