半導体励起アルカリレーザー(DPAL)

2012/10/24

固体レーザーの限界

半導体励起固体レーザーはこの10年で大きな成功を収めてきた.しかし,固体レーザーであるが故の熱の問題は物理的基本法則に由来するもので本質的に解決することはできず,これが固体レーザーの大出力化,高ビーム品質化に一定の制限を与えている.

典型的な固体レーザーの構成を図1に示す.固体レーザーは,固体のレーザー媒質を光照射で励起して,レーザー発振を得るものである.レーザー光に変換されるのは入射光の数十%で,残りは熱として固体に蓄積される.これは,固体表面と冷却媒体の熱接触で取り除く必要がある.



図1: 固体レーザーの媒質とその光励起

レーザー媒質単位体積あたりの取り出し可能出力は決まっているので,出力を増大するには体積を増やすしか無い.ところが,一般に固体の体積は特徴長さLの3乗で増加するのに対し,その表面積はLの2乗でしか増えない.つまり,媒質が大型化するほど単位表面積あたりの熱流束が増加して,あるところで固体内部の温度が媒質の破壊限界に達する.これが,固体レーザーの大型化の限界を決める.更に,固体の破壊限界より遙か手前の温度領域で,媒質の熱勾配に起因する複屈折やレンズ効果が顕著となり,高品質なレーザービームを取り出すのがもはや不可能となってしまう.

様々な工夫でこの限界を回避することが試みられているが,そうすると別の問題が表面化して,決定的な解決方法はまだ見つかっていない.現状では連続出力100kWがひとつの限界,というのが専門家の共通認識である.


化学レーザーの終焉

一方で,気体レーザーには固体レーザーで見られるような熱の限界は存在しない.なぜなら,気体レーザーの媒質は,循環させることにより直ちに光共振器から取り除くことができ,冷却は好きなだけ大きな表面積を使い行うことができるからだ.また,個体と比べて1/1000,あるいは更に数桁小さい媒質原子密度は,屈折率の温度変化や複屈折効果の影響をほとんど無視することを許す.したがって,現在までに実現している連続出力1MW超のレーザーは全てガスレーザーである.

更に言うなら,現在までに実現している連続出力1MW超のレーザーは全て化学レーザーである.これは,化学反応特有の「スケール則」が大型化に有利なためである.化学反応は,スケールを100倍,1000倍と大きくしてもその本質が変化しない,と言う特徴がある.ビーカーの中で可能なことが,化学コンビナートでも可能なのはそのためだ.化学レーザーの場合,レーザー媒質の扱いはもっと極端で,光共振器を通過させた後は大気に捨ててしまう.この場合,媒質冷却の心配をすることは全くなくなる.典型的な化学レーザーの構成を図2に示す.



図2: 化学レーザーの原理

米軍ミサイル防衛局が中心となって開発した"Airborne Laser"は,出力1MWの化学酸素ヨウ素レーザー(Chemica Oxygen-Iodine Laser = COIL)を航空機に搭載したシステムで,2010年には飛行中にミサイル迎撃に成功,という実績を持つ.しかしその後,防衛用途の化学レーザー開発は急速に減速していく.主な理由は,化学レーザーのエネルギー源である化学薬品と,有毒な排気ガスの取り扱いが煩雑で,有事における運用に不安があるから,と言われている.一方,固体レーザーは電源さえあればいつでも,どこでも発振が可能で,アメリカでは防衛用レーザー開発の軸足は固体レーザーに移っている.しかし,上述の限界が突破されたと言うわけでは無く,計画は出力100kWで可能な範囲の応用にとどまる.


光励起アルカリ原子レーザー

以上を鑑みれば,「光励起のガスレーザー」というオプションが,上述の問題を全て解決する素晴らしい解決策になり得ることは明白だが,2000年代までそれは絵空事であった.光励起に適したガス状レーザー媒質は知られていたが,媒質を高効率で励起可能な光源が存在しなかったからである.

ところが,半導体レーザーの飛躍的進歩が,「半導体励起励起アルカリレーザー」(Diode Pumped Alkali Laser = DPAL)というコンセプトを現実のものとした.これらは,カリウム,ルビジウムなどのアルカリ金属原子を媒質とするガスレーザーで,半導体レーザーを励起光源とする.Csを媒質としたDPALのエネルギー順位図を図3に示す.



図3: DPALのエネルギー準位図

アルカリ金属原子の最低電子励起準位は二重に分裂した2P状態で,基底準位との間の波長の長い方の遷移,(2P1/2-2S1/2)はD1遷移,波長の短い(2P3/2-2S1/2)遷移はD2遷移と呼ばれている.DPALの励起はD2線にチューニングされた半導体レーザーを媒質に照射することにより行う.ただし,アルカリ金属原子のD2線は典型的な半導体レーザーの帯域幅に比べ遥かに狭いため,半導体レーザーの狭帯域化,およびレーザー媒質にバッファガスを加えることによる吸収線の広帯域化を組み合わせることにより光源と吸収線のマッチングを図る必要がある.

レーザー上準位である2P1/2への遷移は,レーザー媒質にエタン(C2H6)などの軽い炭化水素分子を混合する事により行われる.これらの分子と2P3/2準位との非弾性衝突による緩和がレーザー上準位へ原子を供給する.レーザーは(2P1/2-2S1/2)準位間の逆転分布により,D1線で発振する.

最も単純なDPALの概念図を図4に示す.DPALはレーザー媒質セル,媒質を一定温度に保つ恒温槽,励起用半導体レーザー,および光共振器からなる.セル内部は全圧1気圧程度で,数十kPaの炭化水素ガスとAr,Heなどのバッファガスと微量のアルカリ金属よりなる.セルはアルカリ金属の蒸気圧を維持するため,恒温槽により100~150℃に保たれたれる.D2線にチューニングされた励起光源をセルに入射し,セルを光共振器で挟めばレーザー発振が開始する.



図4: 最も基本的なDPALの概念図.単一ビームLDを軸励起で使用.

DPAL開発の現状と問題点

DPALの発振は2002年に報告され[1],2012年現在,出力1kWの発振が報告されている[2].マイルストーンとなる研究成果を以下に示す.

2002 Lawrence Livermore National Laboratory(LLNL)から初の発振が報告される.(Krupke et al.)
2004 LLNLが,初の連続発振DPALを達成.ただし,ポンピングは半導体レーザーで無くTi: Sapphire.(Beach et al.)
2005 USAF Academyが,初の初の半導体レーザー励起DPALを達成.(Ehrenreich et al.)
2007 USAF Academyが10WのDPALを報告.(Zhdanov et al.)
2009 浜松ホトニクスが12.1WのDPALを報告.レーザ出力/吸収パワーが82%に達する(Zheng et al.)
2010 General AtomicsとWKF Lasersが出力140WのDPALを報告.(Zweiback et al.)
2012 Russian Federal Nuclear Centerが1kWのDPALを報告.(Bogachev et al.)

装置のスケールが未だ小さいこと,レーザー媒質の動作温度が高いことから,レーザー媒質の循環冷却が採用されたシステムはごく小数である.しかし,今後,レーザー出力がkWを越えると,媒質の循環冷却が不可欠となるだろう.目下の技術的困難は,非常にアグレッシブなアルカリ金属原子を含む媒質を如何にして循環させ,熱交換を行うかという問題である.文献[2]は何らかの手段でその解決を示したはずであるが,研究の性格上,その手法は公開されていない.

[1] W. F. Krupke, et al., "Resonance transition 795-nm rubidium laser," Opt. Lett. 28 (2003), pp. 2336-2338.
[2] A. V. Bogachev et al., "Diode-pumped caesium vapour laser with closed-cycle laser-active vedium circulation," Quantum Electron. 42 (2012) pp. 95-98.