・自由表面モデルによる液体金属の挙動解析

・まえがき
 さんざん苦労してくみ上げた表面張力のモデルだが,ようやく実際の解析に使うことが出来るようになった.問題は「軟鋼の切断はドロスフリーになるのに,なぜマグネシウム合金はドロスが付着するのか」ということだ.

 2005年春のレーザー学会で発表したように,ドロスの流れは流体金属の物性がキーになって変動するらしい.これを,CFDで再現できれば仮説を裏付けることになる.
 しかし,系に関わる効果を全て記述するのはとても無理.そして,加熱による相変化も,Phoenicsのような通常のCFDには大の苦手種目なのだ.これを解決する巧みな方法としてCIP法なる手法があるが,現在のところ我々が容易に利用できるレベルの製品は存在しない(と思う).その手法のすばらしさは東工大矢部先生のホームページを見れば一部を垣間見ることが出来るし,「日経サイエンス」の2000年7月号でも特集された.

・計算するモデルの概要
 しかし,ここでは考え方を変え,「現象の本質をとらえたままどこまで系を単純化できるか」と言うことを考えてみよう.最低限見たいのは,軟鋼とマグネシウムの溶融金属は動きが異なると言うことだ.そこで,以下のようなモデルを仮定した.

系は以下の様なメッシュで,領域は2.2×1.0×4mm.今までの解析に比べて狭いのは,計算にやたらと時間がかかるから.まだまだ非定常CFDはパソコンの手には余る.

領域はカーフを対称,残り5面は圧力一定(大気圧)境界とした.z=max(上部)から秒速200mのガスをマイナス(下向き)に吹き付けている.他の条件は以下の通り.

解析領域 0.002×0.001×0.0014[m]
メッシュ 60×40×80
Light fluid(気体) 窒素(@20℃)
Heavy fluid(液体) 液体金属※
重力 -z,9.8m/s2
スラブ(灰色のオブジェクト) アルミニウム
液体(ハイライト) 初期条件として設定

※液体金属の物性定義値

物質 密度 動粘度 比熱 熱伝達率 表面張力
Unit [kg/m3] [m2/s] [J/kgK] [W/mK] [N/m]
軟鋼 6900 1.2e-6 920 40 1.72
マグネシウム 1580 7.0e-7 1360 80 0.56

 液体金属の物性を記述するにはコツがある.Phoenics初心者の方々にお教えしましょう.まず,q1ファイルにて以下のようにheavy fluid(液体金属)の物性を記述する.下では液体マグネシウムの物性を入力している.ただし線膨張率は,どうせ温度が変わらないのだから0.0としている.ここでは必要ないが,どちらの物性値も任意に変えられることをデモンストレーションするため,light fluidの物性も窒素の物性値として再定義している.RHO1,ENUL,CP1,DVO1DT,PRT(EP)の行は書き換えないでもいちどVR Viewerを実行すれば勝手にheavy fluidの値に書き替わる.
(SEMモデルのばあい,ここの値は意味を持たないらしい)


 そしてもう1カ所.以下には,IPRPSA=90,IPRPSB=33の記述があるがここは何も書かなくてもOK.大切なのは
CSG10='q1'
の記述である.これの意味するところは,「Group9で定義された物性値を,VR Viewerで流体一覧のなかに表示させよ」ということである.


 その後,VR Viewerを開く.SEMモデルではheavy fluid,light fluidの二つをそれぞれリストの中から選ぶことにより流体を定義するが,q1に細工したことによりこのリストに「33 LIGHT」と「90 HEAVY」が現れる.これらを選択することにより,q1ファイルに記述された任意の物性の流体に対しての計算が可能となる.そしてこれがq1ファイルのIPRPSA=90,IPRPSB=33となって記録される.物質番号33,90の名前,物性値はそれぞれq1ファイルのGroup 9に記述した値で定義されるという仕掛けになっている.

・計算結果(1)
 下の図は,左が軟鋼,右がマグネシウム液滴の動きを時間を追って表示したものである.表示されている変数はVFOL,液体の境界線を表す変数である.

1.25e-5[s]
7.5e-5[s]
1.375e-4[s]
2.0e-4[s]
2.625e-4[s]
3.25e-4[s]

明らかに両者は挙動が異なる.期待されるように,軟鋼は表面張力が大きいので粘り強くカーフに張り付き,切断フロントから回り込んだガスの運動量に押されて切断前方へと動いてゆく.一方のマグネシウムはアシストガスの影響を受けることなく真下に落ちることがわかる.これらは,切断時の実際の溶融金属の動きとは異なるが,それでも両者の物性の違いのみによって軟鋼でのみドロスフリー切断に好ましい動きが観察されるとが見いだされた.

・計算結果(2)
 では,マグネシウムの計算で下ガスを当てたら液体金属の動きはどうなるだろうか.下の図は,上のマグネシウムの場合に,切断後方斜め下45度からもアシストガスを200m/sで吹き付けた場合の液滴の動きである.時間スケールは上と同様.

軟鋼の場合と同様の,切断上流への動きを強制することが出来た.途中で液滴が消えてしまうのはメッシュ密度が足りないからで,同じメッシュ密度なら液滴の動きが大きいときにSEMモデルは不安定になりがちである.

・まとめ