電磁気学1(SP)

「電磁気学教科書」考

15/06/24 リンク修正
09/04/10改訂
06/11/20初出

 電磁気学の教科書を自分で書き始め,版を重ねて6年が過ぎた.初版を書き始めた頃と比べ,「電磁気学の教科書」についての自分なりの知識が随分と増えた気がする.
 そして,なぜ電磁気学がわかりにくいか,という疑問に対しておぼろげながら解答が見えてきた.それは

  • 電場になぜ${\mbox{\boldmath$E$}}$${\mbox{\boldmath$D$}}$,磁場に${\mbox{\boldmath$H$}}$${\mbox{\boldmath$B$}}$があるかがわからない.
  • 教え方の筋道にいろいろな流儀があり,スタンダードと言える物がない.
  • ある物理量を表すのに複数の定義,単位が与えられている.

ということである.前者に対しては,「物質と電場/磁場」の章において,物質が実は双極子の塊と近似できること,そしてそれを取り込んだ電磁気学を構築した方が何かと便利であることを順序立てて説明すれば良いのではないかと考えている.その観点から,私が今まで見た中で最も印象的だったのが「ファインマン物理」の電磁気学である[1].
 ファインマンは「本来電磁気学は${\mbox{\boldmath$E$}}$${\mbox{\boldmath$B$}}$のみで記述されるべきだが,誘電体,磁性体を含んだ系で近似的な議論をするには${\mbox{\boldmath$D$}}$${\mbox{\boldmath$H$}}$の導入が便利である」とまで言い切っている.さすがにこれには批判もあるが[2].
 しかし,電磁気学を体系的に理解するには,唯一の基本公理を出発点として,そこから全ての物理量が「理由の説明を伴って」出てくる必要があるのではないか,と言うのが私見である.その観点から言うと世の中のほとんどの教科書は(E-B対応で言うところの)${\mbox{\boldmath$D$}}$${\mbox{\boldmath$H$}}$の存在意義についての説明が不足しているように思われる.

 教え方の流儀について言えば,多くの教科書が多少の前後はあるにしても以下の筋道を踏襲している.

  1. 真空中の点電荷がCoulombの法則により力を及ぼし合うことを認める
  2. 電場,電位を定義し,Gaussの法則,Laplace-Poisson方程式へ発展
  3. 物質中の電場についての考察,誘電率,電束密度
  4. 一転して電流,磁場の定義
  5. Biot-Savartの法則,Ampereの法則の導出(Biot-Savartの法則は天下り的に定義する教科書が多い)
  6. 教科書によってはスカラポテンシャルによる「磁位」の定義とLaplace-Poisson方程式への応用
  7. ベクトルポテンシャルの定義と応用
  8. 物質中の磁場についての考察,透磁率,磁束密度
  9. 電磁誘導
  10. 上記全てを包含するMaxwellの方程式の導出
  11. 結果として予測される電磁波の導出,幾つかの応用
  12. 電場エネルギー,磁場エネルギー

上記のスタンダードな筋道に従っても,古典電磁気学の教科書には有名な「E-B対応」,「E-H対応」の問題がある.これは物質中の磁場を「電流モデル」で扱うか,「磁極モデル」で扱うかの違いだが,どちらの立場を取るかによって教科書の記述が異なってくる.下に,私が持っている教科書のリストを掲載したが,両者の立場が半々,と言ったところで,なかには折衷的な物もある.
 古典電磁気学の教科書は数多くあるが,著者の思い入れはどれも強く,「従来の電磁気学の教科書を批判して」書かれたものも多い.例えば「E-H対応」は間違いであり絶対に使うべきでない,とする強い主張を持った本[3]がある一方,E-B対応の基本的考え方である,磁性体の「電流モデル」を「時代錯誤」と切り捨てる教科書[4]もある.細かいことを言えば,例えば誘電体のマクロな電場に対する応答を考えるための粗視化の過程については,誘電体を連続体に近似するモデル[1],双極子電場の積分で近似するモデル[5],と二つの流儀がある.もちろん,どれもが正しいわけだが,これは古典電磁気学が${\mbox{\boldmath$E$}}$${\mbox{\boldmath$D$}}$${\mbox{\boldmath$H$}}$${\mbox{\boldmath$B$}}$を含んだ時点でもはや近似的概念を含む体系であり,同じく近似的概念からなる流体力学と異なり,物質のモデル化にはどれも正しいいくつものアプローチがある,ということが原因である.

 続いて,電磁気学における単位についてだが,そもそも電荷$q$の次元をどう取 るかが相当に任意であるため,これが絶対という単位系は存在しないと言っても良いだろう.そのため歴史上様々な単位系が生まれ,消えていった.電磁気学の単位系については参考文献[6]が大変ためになる.
 幸い現在の教科書はほぼ「MKSA有理単位系」で統一されつつある.しか し,私の調べたところ,現在でも統一が徹底されていない物が一つある.それが,電気感受率と磁化率の次元である.

電気感受率の定義は以下のような物である.

${\mbox{\boldmath$D$}}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \epsilon_0 {\mbox{\boldmath$E$}}+ {\mbox{\boldmath$P$}}$  
$\displaystyle {\mbox{\boldmath$P$}}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \chi_e {\mbox{\boldmath$E$}}$ (1)
または$\displaystyle \mbox{または} {\mbox{\boldmath$P$}}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \epsilon_0\chi_e {\mbox{\boldmath$E$}}$ (2)

電気感受率とは,分極${\mbox{\boldmath$P$}}$と電場${\mbox{\boldmath$E$}}$の比例定数で,両者には$\epsilon_0$ と同じだけの次元の差があるため,素直に考えれば$\chi_e$の次元は[F/m]である.しかし,多くの教科書ではこれを$\epsilon_0$で規格化して$\chi_e$を無次元量としている.

一方,磁化率は

$\displaystyle {\mbox{\boldmath$H$}}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{{\mbox{\boldmath$B$}}}{\mu_0}- {\mbox{\boldmath$M$}}$  
$\displaystyle {\mbox{\boldmath$M$}}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \chi_m {\mbox{\boldmath$H$}}$ (3)

となり,磁化${\mbox{\boldmath$M$}}$と磁場${\mbox{\boldmath$H$}}$の比例定数である.${\mbox{\boldmath$M$}}$${\mbox{\boldmath$H$}}$がどちらも[A/m] の次元を持つため,E-B対応の電磁気学においては$\chi_m$は ほぼ自動的に無次元量となる(そうなっていな い教科書もあるのでややこしいが[7]).

 では,電気感受率と磁化率の次元に関して国際的な規格はあるのだろうか.電磁気学における諸量の次元についてはISO 31-5:1992があり,日本語で読める資料としてはこれを翻訳したJIS Z 8202-5:2000がある.問題の電気感受率,磁化率についての記述を抜粋すると以下のようになる.

番号 IEC-27-1:1992
における番号
記号 定義 備考
5-12 63 電気感受率 $\chi$$\chi_e$ $\chi = \epsilon_r-1$  
5-26 82 磁化率 $\chi$,($\chi_m$) $\chi = \mu_r-1$  

すなわち,SI,JISにおいては電気感受率,透磁率はどちらも無次元量とするべき量なのだ.しかるに下の表を見て貰いたい.両者を無次元量とする教科書は多数派と言えなくもないが,有名な教科書でも原則から外れている物がある.私の教科書も電気感受率に次元があるが,下の表を見て「ほっとした」というのが正直なところである.来年度以降は改訂するかもしれないが.こんな状況にあって,体系的な電磁気学を世の中で売られている教科書から理解 させよう,というのが困難を伴う作業であることはおわかり頂けるだろう.
 そこで私が取った作戦は,「一つの包括的な古典電磁気学の世界観を呈示し,これだけをまず教える」という方法である.すると他の教科書は学生が一度教わった世界観を基準として,比較的な立場から眺めることができるはずである.つまり外国を理解するためまず「自国」たるものを持たせよう,という立場である.

 この方法が功を奏したかどうかは判然としないが,少なくとも私の授業は勉強熱心な学生たちからは好評をもって迎えられているらしい.

参考文献

[1]ファインマン,宮島訳,「ファインマン物理学III」 電磁気学 岩波書店,1969.

[2]兵頭,「そこが気になる学校物理 第8回 誘電体」パリティ17(4) pp. 74-80, 2002.

[3]細野,「メタ電磁気学」,森北出版,1999.

[4]溝口,「電磁気学 -SI unit -」,裳華房,2001.

[5]バーガー/オルソン,小林/土佐訳,「電磁気学(新しい視点にたって),培風館,1991.

[6]木幡,「電磁気の単位はこうして作られた」工学社,2003.

[7]長岡,「物理入門コース 電磁気学II」,岩波書店,1983.

代表的(?)な電磁気学の教科書におけるE-B,E-H対応の立場と電気感受率,磁化率の取り扱い

著者(訳者) 書名 出版社 E-B E-H 電気感受率 磁化率 注釈
バーガー/オルソン
小林/土佐訳
電磁気学(新しい視点にたって) 培風館   [F/m] [---]  
サーウェイ,松村訳 科学者と技術者のための物理学III
電磁気学
学術図書出版   × [---] ※1
ファインマン,宮島訳 ファインマン物理学III
電磁気学
岩波書店   [---] [---]  
長岡/丹慶 物理入門コース/演習
例解 電磁気学演習
岩波書店   [F/m] [---]  
桂井 基礎電磁気学 オーム社   [---] [---]  
Stratton Electro-Magnetic Theory McGrow-Hill   [---] [---]  
Jackson Classical Electrodynamics Wiley   [---] [---] ※2
中山 電磁気学 裳華房 [---] [---] ※3
飯田 新電磁気学 丸善 [---] [---] ※4
溝口 電磁気学 - SI units - 裳華房   [---] [---] ※5
Bleaney/Bleaney Electricity and Magnetism Oxford   [---] [---]  
電気学会 電磁気学演習 オーム社 [---] [---] ※6
ハリディ/レスニック/ウォーカー
野崎訳
物理学の基礎(3)
電磁気学
培風館   × × ※7
後藤 なっとくする電磁気学 講談社   [---] [---] ※8
熊谷,荒川 電磁気学 朝倉書店   [---] [---]  
髙橋 物理学選書(3)
電磁気学
裳華房   [---] [---]  
霜田,近角 大学演習 電磁気学 裳華房   [---] [H/m]  
東海大学物理学教室 物理学<電磁気学> 東海大学出版会   [---] [---]  
広瀬 物理学One point
EとH,DとB
共立出版   [---] [---]  
細野 メタ電磁気学 森北出版   [F/m] [---] ※9
小塚 電磁気学 その物理像と詳論 森北出版   × [H/m] ※10
ランダウ/リフシッツ
井上/安河/佐々木訳
電磁気学 東京図書   [---] [---] ※2
末松 電磁気学 共立出版   [---] [---]  
砂川 電磁気学 岩波書店   [F/m] [H/m] ※11
砂川 理論電磁気学 紀伊國屋書店 [---] [---] ※12
Slater/Frank Electromagnetism McGrowHill   [---] [---]
長岡 物理入門コース
電磁気学I,II
岩波書店   [F/m] [H/m] ※13
村上 電気磁気学 丸善   [F/m] [H/m]  
Sommerfeld
伊藤訳
電磁気学 講談社   [---] [---] ※14
Purcell berkeley physics coures vol. 2
electricity and magnetism
McGrowHill   [---] [---] ※2
太田 電磁気学の基礎 I,II Springer Japan   [---] [---] ※15
今井 古典物理の数理 岩波書店   [---] [---] ※16

※1 初等的な教科書なので誘電体の微視的記述は無く,電気感受率の定義もない.磁性体については無次元の磁化率をはっきり定義している.
※2 古い教科書なのでガウス系で書かれている.この場合普通はE,D,Pの次元,B,H,Mの次元が全て同じとなるよう定義されるので自然な定義では電気感受率,磁化率ともに[---]となる.
※3 E-B,E-H並立だがどちらかというとE-Hよりの記述.
※4 この本独特の「MKSP単位系」を提唱.しかし,あらゆる公式にMKSA,gauss系へ換算された形が掲載されており,それが却って見通しを悪くしている.E-B,E-Hについては,「どちらによった考え方もしない」と明言.両者のモデルを併記する方法をとる.
※5 E-Hモデルの標準的な理論展開に近い立場を取るが,「磁荷」という考え方は仮想的な存在としても認めない.磁性体の本質はあくまで磁気モーメントの集合,という珍しい立場を取る.理由は本書の「序文」に著者の熱い主張とともに述べられている.視点がユニークなのでここに転載する.
※6 E-B対応とE-H対応を完全に平等に扱う,珍しい教科書.
※7 初等的な教科書.誘電体,磁性体の項はあるが,それらの微視的記述を排しているため電気感受率,磁化率の説明はない.
※8 電気感受率の記号法が特殊.他にも,通常の教科書と違う流れが多く,「納得する」シリーズとしてはどうか?
※9 有名なアンチE-H論者のユニークな本.教科書ではないが一読の価値あり.磁化率はこの本には登場しないが,著者の主張より無次元以外の立場はない.しかしこの人の主張はトンデモと紙一重.序文のパラドックスは,本人も認めているように「双極子モデルでも電流モデルでも受ける力は変わらない」と,むしろ本人の主張を否定するような結論が出ているのだがそれを上手く言いくるめている.この件については論文を書いておいたので参照頂きたい.
※10 かなり本格的な教科書にもかかわらず電気感受率を定義していない.
※11

E-BとE-Hの折衷的立場で書かれた教科書.磁性体は磁極モデルを使い磁化ベクトルに記号「${\mbox{\boldmath$J$}}$」(次元は[Wb/m$^2$])を使っている.

※12 著者は上の「電磁気学」と同じなのだがこちらがより本格的.電気感受率,磁化率の次元が「電磁気学」と両方とも違う.E-B対応の立場に立ちながら,D,Hが枠組みの中にしっかり組み込まれた理論展開.
※13 E-B対応の記述にもかかわらず,磁化ベクトル${\mbox{\boldmath$M$}}$の次元に[Wb/m$^2$]を使う,珍しい教科書.そのため,自然な定義として磁化率の次元が[H/m]になる.
※14 いきなりMaxwellの方程式から始まる.教科書,というより「電磁気学に関する諸量についての考察」といった趣の本だが,偉大な科学者の書いた本を精読するのは勉強になる.
※15 D,Hを「補助場」と言い切り,渋々使う強硬E-B論者.
※16 電磁気学の教科書ではないが,第3章が電磁気学に関する記述.他書にない非常にユニークな理論展開.なぜ,E-H対応かというと,磁場の基本量をBとする一方,電場に対しては電荷の存在と,電荷から発する保存場Dの存在を公理とするから(B-D対応?).さすがは流体の大家.理論に隙はなく反論は難しい.細野先生との対談が是非聞きたかった.