関数電卓セレクトガイド

はじめに

学生諸君からの質問に「電卓はどんなものを使ったらよいでしょうか」というものが多い.そこで,ガイダンスの時に話す内容にプラスして,ここでは本学の「物理学」「物理実験」「教養物理ゼミ」等々の授業に好適な電卓選びの基準について少し解説しよう.

  • 好きな機種があるならそれを使おう
  • 君が関数電卓について何かを語れるなら,ここから先を読む必要はない.自分の最も気に入ったものを使いなさい.それが一番幸せだと思う.

  • スマートフォンは関数電卓の代わりにならない
  • 最近5年のスマートフォンの急激な普及は,大学の講義・実験にも大きな影響を及ぼした.授業中にスマホを取り出し,関数電卓アプリで計算をする学生の数が急に増えたような気する.たしかに,スマホ関数電卓の実力は私も認めるところだ.しかし,大学教育に限れば,スマホは試験への持ち込みが認められていないのでNG.さらに,スマホ関数電卓はほとんどが下記で紹介する「標準入力」タイプ.これは,関数電卓のインターフェースとしてはあまり初心者向きではない.初心者なら,なおさら専用機を買うべきである.

    ※実は,自分でも現在アプリを開発中.

  • 「長いものには巻かれろ」の法則

    みんなが使っている関数電卓は,それなりに理由があってみんなが使っている.特に,何を選んだら良いかわからない人はこの法則に従おう.使っている人が多い方が, 使い方がわからないときに教えてくれる友達が多いのもGood.東海大学なら8号館のBaBショップに売っているものがそれだ.

  • 「300関数」「プログラム機能」等は不要

    現在売られている関数電卓では,「500機能・関数」を謳うものも珍しくない.しかし,これらのうち諸君が一生のうち一度でも使う機会があるものはそれほど多くない.大学のカリキュラムならsin,cos,tanとその逆関数,logとln,expと10n,あとはn乗とn乗根(√とx2は独立している場合が多い)くらいだ.数値積分まで出来る電卓もあるが,そんな計算は電卓で一生懸命やるよりはパソコンを使った方が良い.道具にはそれにふさわしい使い方がある.電卓は,せいぜい10ステップ以内の計算結果をその場で知るのが目的で,たとえば,数十ステップの計算が必要な場合(実験3の「偏光解析」など)はMathematicaの様な数式処理ソフトを使った方がミスもないし,よっぽど楽である.

入力方式別お薦め関数電卓

関数電卓は,入力方式によって

  1. 標準入力タイプ
  2. 数式通り入力タイプ
  3. 自然表示タイプ

に分けることができる.手持ちの関数電卓コレクションの中から,現行で容易に手に入る機種の使用感を下に紹介する.別に,ここで紹介されていないからと言って「ダメ」というわけではない.国産の電卓はどれも良くできているので,どれを買ってもそれなりに満足できるので大丈夫.

 

1. 標準入力タイプ

SHARP EL-501J Canon F-502G

標準入力タイプの電卓は,最も歴史の古い関数電卓の入力方式だ.下の「数式通り」タイプに比べてとっつきにくいだけに初心者にはお薦めしにくいが,既に持っている人は是非このタイプの電卓を使いこなしてみよう.道具は単純なほど持ち主のスキルを明確に映し出す.

SHARP EL-501Jは2011年に発売されたモデル.今でも,標準入力タイプ電卓には根強いファンがいるため,新モデル投入はありがたい.価格は\720(2013年4月現在)で,以下に紹介する「数式通り入力」タイプに比べればずいぶん安い.しかし,機能的にはこれで何の不足もない.

むしろ,このタイプは最近主流の「数式通り入力」モデルよりも打鍵数が少なくて済み,必要な機能がすぐに呼び出せる.たとえば角度モード切替えキー[DRG]と,123,456という表示を1.23456×10^5表示に相互切り替えする[F⇔E]キーはファンクションキーの一番上にあるが,「数式通り」タイプでこれらに単独のキーを割り当てた機種は皆無.よく使うんだ,実際は.

入手が容易な機種ではもう一台,09年1月発売のCanon F-502Gを紹介する.甲乙付けがたい両機だが,細かい点を言えばいろいろと違いはある.詳しくは関数電卓マニアの部屋の当該記事を参照されたい.


2. 数式通り入力タイプ

 
Canon F-715SAG CASIO fx-290

21世紀に入って,関数電卓はこの「数式通り」タイプが主流になった.表示は2行で,入力した数式や数値が上のディスプレイに,計算結果が下のディスプレイに出る.「数式通り」とそうでない電卓の操作方法の違いは下に詳しく述べるとして,やはり[sin][cos]が打ったとおりに出た方が楽なのは間違いない.あと,何と言っても,いちど入力した数式が再利用できる,と言うのがこの方式の標準電卓に比べての最大のメリットと言えるだろう.同じような計算をくり返す機会は大変多い.そんなときは,「標準電卓」ならかなり頭を使う必要があるが,「数式通り」なら前の数式のデータをちょこちょこと変更するだけでよい.

初めて使う関数電卓ならまずこのタイプか,下記の「自然表示」タイプが無難.ただし,2010年代になると,関数電卓の主流はやはり「自然表示」タイプに移行した,と言っても良いだろう.初めて使う関数電卓としてどちらがお薦めか,というのは難しい質問だが,敢えて「理系の大学1年生が初めて購入する関数電卓」に限っては,下記の「自然表示」タイプをお薦めしたい.おそらく,これからはこちらが主流になるだろうから.

上はCanon,CASIOの現行機種で,Canon F-788SGとCASIO fx-290である.F-715SAは2012年末の発売で,Canonが現在でも「数式通り」タイプを重視している証拠である.一方,fx-290は,CASIOの「標準電卓」,fx-260の発売終了とほぼ同時に登場した.CASIOは,もはや「標準電卓」は現代の関数電卓の入力方式としては受け入れがたく,こちらを「廉価版の入門機」と位置づけたわけだ.入門機といっても,ソフトウェア的にはかつての主力機種と同一なので機能に不足は無い.一方,SHARPの関数電卓は「標準入力」と「自然表示」のみで,「数式通り」方式は絶版となった.SHARPは,逆に関数電卓に「数式通り」方式は不要,と判断したように思われる.確かに,「数式通り」と「自然表示」の使い勝手は似通っており,「自然表示」タイプを「数式通り」の様に使うモードもあるので,併売はリソースの無駄遣いかもしれない.

上記2機種は,機能も,キーアサインもほぼ同じなので,どちらかが特にお薦めというわけではない.好みで選んで良いだろう.

3. 数式自然表示タイプ

Canon F-789SG CASIO fx-JP500 SHARP EL-509T

CASIOのFX-912ESが先鞭をつけたこのカテゴリーも,国内三大メーカーがそろい踏みで今や関数電卓の主戦場となった.かつて本稿でも,数式がそのまま表示される関数電卓を,CASIOが名付けた「Natural Display」方式と呼んでいたが,これからは「自然表示」タイプと呼ぶのがふさわしいだろう.

「自然表示」タイプの,上述の「数式通り」タイプとの最大の違いは,数式をWYSIWIGで入力,表示すると言う点である.従って,良く見ると分数,√等の入力ボタンが「数式通り」と異なることに気づくだろう.

以下の計算を考えてみよう.

       \begin{displaymath}
\lambda = 2\sqrt{\left\{\left(\frac{1}{12}\right)^2+\left(\frac{1}{8}\right)^2\right\}^{-1}}
\end{displaymath}

これは,かつて「教養物理ゼミナール」で,学生に行わせていた課題の一つで,空洞共振器の共振波長を求める計算だ.こういう計算をやらせると,彼らは項一つ一つを計算し,紙に書き留めてからまた計算,と言う手順をくり返す.慣れればもちろん頭から電卓に入力することはできるが,それでも間違い易い式だ.ところが,「自然表示」タイプならごらんの通り.

       

入力も直感的で,これをキーインするのに1分もかからない.

ただし,国産の「自然表示」タイプには一つ問題がある.小数の計算も答を分数で返すのだ.例えば

       \begin{displaymath}
1.2+1.3=\frac{5}{2}
\end{displaymath}

何とも気が利かない.そのためこの電卓には分数を小数に変換する[S⇔D]キー(メーカーにより表記は異なる)があるのだが,多くの計算で手数が一つ多くなってしまう.一方,Texas Instrumentsの30XBは小数の足し算はきちんと小数で返す.

本サイトの懸命な訴えがメーカーに届いたのか,2012年12月発売のCASIO fx-375ES,915ES,995ESを皮切りにして,現行の「自然表示」電卓は解が小数で表示可能なオプションが選べるようになった.これを知らないユーザーが多いことはたいへん残念である.詳しくはfx-JP500の操作ガイドを参照してもらいたい.

上記3機種を比べると,F-789SGは世代が古く,上述の「小数表示」が選べないのでお勧めしない.デザイン,表示が最も洗練されているのがCASIO fx-500JPで,現代日本における関数電卓の代表と言っても差し支えないだろう.東海大学のシェアもダントツ1位である.

SHARP EL-509Tは,fx-JP500に無い幾つかの機能を持つ点が特徴だが,それが仇となって「土地家屋調査士試験」への持ち込みが禁止となった.キーアサインもこの両者は随分異なる.SHARP愛好家でないかぎりは積極的にお勧めしない.


入力方式とキーインの順番

現在では,関数電卓の主流は数式通りに入力する方式である.一方で,お父さんからもらったのか,古い関数電卓を使っている諸君も散見される.どちらが優れているか,という議論は「MTの自動車とATの自動車はどちらが優れているか」という議論と一緒で意味がない.ただ,関数機能の使い方において両者に大きな違いがあることを認識しておかなくてはいけない.

たとえば,sin30°の計算は

「数式通り」
[sin] [3] [0] [=]


「標準電卓」
[3] [0] [sin]


そして,出た答えのarcsinを求めるのは

「数式通り」
[shift] [sin] [Ans] [=]

「標準電卓」
[2ndF] [sin]


全体に,数式通り機能の無い「標準電卓」の方が,押すキーの数が少ない.これは,伝統的な関数電卓は,常に関数は現在表示されている値に対して行われるという暗黙の約束があるからだ.

一方,「数式通り入力」方式でないと絶対に実現出来ない機能が「繰り返し計算」だ.簡単な例として,長さ12mm,半径が10mmから15mmまでの円柱の体積を求めることを考えよう.

「数式通り」
[1] [2] [×] [π] [×] [1] [0] [x^2] [=] 
[←] [←] [←] [1] [=] 
[←] [←] [←] [2] [=] 以下同様.

このように,数式の一部だけを変更すれば良い計算は,遙かに楽だ.実際そういう計算は大変多い.もちろん,頭を使えば伝統的な関数電卓でも同じような事は出来るが(途中経過をメモリにいれておく),頭を使わずに出来るところを評価したい.


関数電卓購入の際のポイント

  1. 「高ければ良い」というのは間違い.780円でも良い電卓はある.
  2. 国内一流メーカーの「普通の関数電卓」ならまずハズレはないと見て良い.
  3. たとえば,以下の計算を実際にやってみて,使い勝手を確認しよう.
    • 半径1.5×10^-2[m]の円の面積を求める(πキーを使う).
    • sin1.5をdegとradで求める.そしてその逆関数を答えから直ちに計算する.
  4. 以下のキーがファンクションとして独立していること:[x^2],[√],[1/x]
  5. 以下の機能がすぐ呼び出せると便利:「ラストアンサー」「角度のモード切替」「F⇔E」

「じゃあ,何がいいの?」と思ったら,関数電卓マニアの部屋へGo!

 

番外編:逆ポーランド方式の関数電卓について

ここで,お薦め電卓ではないが,どうしても語っておきたいのが「逆ポーランド(RPN)方式」の関数電卓だ.RPNとは,ヒューレットパッカード(HP)社の関数電卓に伝統的に使われていた入力方式で,HPが日本市場から撤退して以来はほとんどその姿を見かけることが無くなった.しかし,HPが世界初の関数電卓「HP-35」発売35周年を記念して発売したこのモデルが日本の業者によって輸入され,RPN電卓に飢えていたマニア達の熱狂によって迎えられた.

RPN方式とその設計思想の根幹である「スタック計算機」は,その原理を知らないと足し算すら出来ないという大変クセの強いものだ(下記「使い方」参照).しかし慣れるともう普通の電卓が使えない体になってしまうという,習慣性の強い麻薬のような恐ろしいものである.従ってこれから関数電卓を選ぼうという諸君にRPN方式をお薦めすることはしないが,関数電卓にもこういう強烈な存在感を放つヤツがある,ということは是非知っておいてもらいたい.

参考文献:野尻抱介著「ロケットガール」

 

更新履歴

2017/01/19 サイト更新にあわせスタイルを更新.内容も時代に合わせ改訂.
2013/04/15 改訂.