関数電卓コラム

11/09/02 fx-913ESとEL-509Jはどちらが「買い」か?

1. まえおき

2011年8月末,SHARPから待ちに待った数式自然表示タイプ関数電卓,EL-509Jが発売された.ライバルは電卓メーカーの雄,CASIO fx-913ESだ.果たしてこの両者,どちらが「買い」なのだろうか.なかなか,両方を買って試してみようと言う人はいないと思うし,両者を比較した記事もまず見ることはないだろう.しかし,これから大学に入学し,初めての関数電卓を購入しようとする諸兄や,土地家屋調査士試験に持っていく相棒を選ぶ方には重要な問題である.本ページで両者を徹底比較してみようと思う.

※CanonからもF-718が発売されているが,ソフト的にはfx-913ESの下位セットなので今回は比較対象とはしない.

2. 見た目,大きさ,質量

両者の写真を並べてみた.

EL-509Jの方が一回り大きい.ケース格納状態で両者の寸法を比較してみよう.

fx-913ES EL-509J
横幅 83mm 86mm
高さ 164mm 170mm
厚み 16mm 19mm
質量 130g 128g

(いずれも実測値)

大きさはfx-913ESが一回り小さい.fx-913が手の中に「すっぽり」はいる感じなのに対して,EL-509Jはどちらかというと置いて使いたくなる感じ.しかし意外なことに質量はEL-509Jの方が軽い.携帯性で重要なのはむしろ重さの方なので,ここは引き分けと言うところだろう.

デザインは好みの問題だろう.私見だが,fx-913ESもさすがに発売から3年近くが経ち,並べてみるとEL-509Jの方がモダンに見える.特に,カラーバリエーションが選べる点と,表面にピアノブラック調の樹脂を奢った点はデザインを強く意識した製品と言える.写真はないが,EL-509Jのカバーは黒みがかった半透明.格納状態でキーボードがうっすら見えるのがこれまたお洒落である.恐らく,家電部門のインダストリアルデザイナーが投入されたのではないか.

3. キーアサイン

キーアサインは公平に「関数電卓マニアの部屋」メインページの表で比較する.

fx-913ES EL-509J
入力方式 ナチュラル入力   W-View  
角度モード [SHIFT][SETUP][数値] [SETUP][0][数値]
[F<->E]キー [ENG] ×  
メモリSTO × [SHIFT][STO][A-F, M, X,Y] [STO][A-F, M,X,Y]
メモリRCL [RCL][A-F, M, X,Y](CASIO方式) [RCL][A-F, M,X,Y](SHARP方式)
√キー独立   ×  
x^2キー独立    
1/xキー独立   ×  
BSキー    

fx-913の方が,重要なファンクションが表に出ている.SHARPの関数電卓に[ENG]キーが無いのは相変わらずだが,位取りカンマが無いfx-913ESに対し,EL-509Jは3桁ごとにカンマ(上ツキなので「'」記号)が入り,大きな数を数え間違える心配は無い.

一方,メモリ入力に関してはSHARPは「数式通り」の伝統を守り,理に適ったユーザーインターフェースを提供してくれている.比較してみよう.

1 [STO] [A] [AC] [RCL] [A] [+] 1 [=]

上の計算で,fx-913ESは[+]キーを押したところで表示が「Ans+」に変わってしまうが,EL-509Jは「A+」に表示が切り替わる.この点に関してSHARP方式が優れていることは以前の記事でも指摘した通りである.詳しくは「CASIO/Canonの[RCL],[STO]機能の歴史に関する考察」を参照されたい.

したがって,キーアサインについては「互角の勝負」と言って良いが,「数式通り」世代のメーカーごとの癖をそのまま受け継いだ形になっているので,SHARP電卓に慣れている人はこれだけでEL-509Jを選ぶ根拠となるだろう.ホント,両方の「良いとこ取り」をした電卓があれば良いのに,と思う.

3. 入力の癖について

同じ「数式自然入力」方式でありながら,CASIOの「Natural VPAM」とSHARPの「W-View」は微妙に違う.と言っても大したことはないのだが.敢えて,違いがわかる計算について見てみよう.

まず,CASIOとCanonは入力中の[-][(-)]を区別しない.これは,私は悪癖だと思っているのだが,間違いやすいキーなので,メーカーとしてはユーザーに対する配慮のつもりなのだろう.一方,SHARPの関数電卓は[(-)]を使うべき所に[-]を使うと入力者の意図と異なる計算に解釈する場合がある.これはW-Vewでも健在.例えばという計算を考える.正しいキー操作は

[ln] 2 [EXP] [(-)] 5

だが,これを

[ln] 2 [EXP] [-] 5

とするとSHARPの関数電卓はこれを「ln(2)-5」と解釈する.これは,どちらでも正しい答を返すCASIO方式よりも始末が悪い.SHARPの「数式通り」世代では,置数は符号まで含めて確定するまでは解答表示エリアに置かれるので,入力を間違えるとすぐ気がついた.[+/-]キーは何度押してもトグルスイッチのように作用する.

正しい入力のとき.[+/-]を複数回押すと
2の右肩の符号が+/-に切り替わる..
[+/-]の代わりに[-]を押してしまうと...

しかし,「数式自然表示」タイプの電卓でこの表示方法は使えないため,SHARPのカルチャーを引きずった現在の構文解釈はあまり褒められたものではない. 初めて買う関数電卓がEL-509Jになる新入生諸君は是非気を付けて欲しい.できればコラム「[(-)]キーと[-]キー」で,関数電卓の入力に関する「作法」をきちんと学んで頂きたいものである.

ちなみに米国メーカーのTI,HPは上の入力に対して「Syntax Error」を返す.これが正しいやり方というものだ.

fx-913ESは,引数を後ろに取る関数,例えばsinやcosは自動的に開き括弧が挿入される.そして,その括弧を明示的に閉じないと入力者の意図しない解釈になることがある.

[sin] 30 [+] [cos] 30 [=]

という計算はでなくと解釈される.fx-913ESでは,正しくは

[sin] 30 [ )] [+] [cos] 30 [=]

と打つ必要がある.一方,EL-509Jは関数に括弧が付かない.従って数式の解釈は「数式通り」世代と全く同じになる.私はこちらの方が好みだ.

分母に関数が来た場合,fx-913ESは括弧を閉じないとエラーとなるが,EL-509Jはその心配がない.

4. 分数表記

分数表記に関してはどちらにも文句を付けたいが,EL-509Jの方がより酷い.日本メーカーの「数式自然表示」方式電卓は,とにかく答を分数で返したがる.例えば

1.3 [+] 2.5 [=]

と言う計算は

で,これを小数に直すにはfx-913ESは[S-D]キー,EL-509Jは[CHANGE]キーを押さなくてはならない.関数電卓で計算する様な問題で,答が分数であった方が良いケースがどれほどあると言うのだろうか.大学教育に関数電卓を使っていると,この仕様にイライラさせられる機会が大変多い.他の点はさておき,これだけは改善を望みたい.EL-509Jは,更に悪いことに,「帯分数」→「仮分数」→「小数」の順番で表示が切り替わるから,上の計算を小数に直すにはキーを2回押さなくてはならない.

一方,同様の入力方式を取るTI-30XBは,小数の入力に対しては答をきちんと小数で返す(参考).

5. 複素数モード

関数電卓で複素数の計算をすることは,大学の正規のカリキュラムではほとんど無いと言って良い.従って,複素数計算機能が充実しているかどうかを,大学生が選ぶ関数電卓の評価基準にすることは余り意味がない.ここでは,複素数モードのレビューは「土地家屋調査士試験」で使えるかどうか,というのを判断の基準としよう.ちなみに,複素数を使った測量計算については拙著「土地家屋調査士試験のための関数電卓パーフェクトガイド」が絶賛発売中なので,受験生の方々は是非手に取って頂きたい.

で,比べようとしたが,この点に関しては比べるまでもなくEL-509Jが「使えない」ことがすぐ分かった.問題は以下の二点.

  1. 複素数モードで使用可能なメモリーが一つしかない
  2. 偏角(arg)を求める機能がない

残念ながら,これではEL-509Jは,複素数による測量計算には(無理ではないが)向いていないと判断せざるを得ない.

6. EL-509Jにのみある機能について

EL-509Jにはfx-913ESには無い優れた特徴が二つある.それについて述べよう.一つは,「電源が切れても数式履歴が消えない」という点である.置数状態のまま放置,そこで自動的に電源が切れても再び電源を入れればその状態から計算が始められる.これは一部ユーザーから切望されている機能だが,残念ながら日本メーカーの関数電卓ではほとんど実装されていない.

当初,私はこの機能は,各メーカーとも各種試験に関数電卓を持込可能とするためわざと殺しているのかと思った.ところが,SHARPのホームページを見るとEL-509Jは「土地家屋調査士試験に持込可」とある.法務省ホームページに公式発表はないが,恐らくメーカーが独自に言質を取ったのだろう.持込可能になるだろう,という根拠は,同じく数式履歴が消えないCanon F-788dxが法務省の「持込可能電卓リスト」に入っているからで,数式履歴機能は少なくとも土地家屋調査士試験への持込を制限される機能には該当しない

※他の国家試験に関しては未調査

次に,矢印キーのすぐ上にある[D1] [D2] [D3] [D4]キーだ.これは任意のキーを登録できるという画期的機能で,いわゆる普通の「関数電卓」に搭載されたのは初めてではないか.ただし機能は限定的で,本当に一つのキーしか登録できない.登録できるもの,できないものの例を下に示した.

登録できるもの 登録できないもの
  • sin,exp,Ansなど,一つのキーに割り当てられている機能
  • 一つの数値(1,2,3など)
  • メモリー(A,B,Cなど)
    [RCL][A]の変わりに[D1]と1ストロークの節約となる.
  • 具体的な物理定数(例えばcとかhとか)
  • 定数(連続した数値キー)
  • SETUPで呼び出す機能(DRGとかFSEとか)

機能はかなり限定的で,「マクロ」というほどのものでもない.これは,各種試験における「数式を記憶させる機能は不可」という制限を避けるためのものと思われる.試しに,SHARP製電卓で裏にあり不便な[Ans][D1]に,[√][D2]に記憶させてみたが,なかなか良い塩梅である.ご親切に,キーの上には少しスペースが空いているので,機能が固定されたらテプラで機能名を書いたラベルを貼っておけば良い.とっても便利なこの機能,CASIOも是非追従して欲しいが,せめて物理定数の登録くらいできるようにはならないものか.

7. まとめ

以上,CASIOのfx-913ESと新発売のSHARP EL-509Jを比べてみた.関数電卓の機能はほぼ完成の域にあり,大学教育で必要になる程度の機能なら両者とも不足はない.大学生が選ぶ初めての関数電卓なら単純に好みで選んでもらって良いと思う.あとは,「より多くの友だちが使っていること」というのがとても大事.空気を読もう.

土地家屋調査士試験の受験を考えていて,複素数による測量計算に興味がある方ならfx-913ESだ.詳しくは「土地家屋調査士試験のための関数電卓パーフェクトガイド」をお読み頂きたい.

現在の所持機からの買い換えを考えている方については,EL-509JはSHARPの「数式通り」のカルチャーを尊重したユーザーインターフェースを持った,正常進化の関数電卓であることを申し上げておこう.ここでは書かなかったが,度分秒やn進変換などメーカー毎の差異が大きい入力が,見事に「数式通り」世代のルールを受け継いでいることが判明している.したがって,慣れを重視するなら今持っているものと同じメーカーにするのが無難である.ついでに言えば,n進機能に関してはSHARP方式がCASIO方式に比べてずっと使いやすい.プログラマならEL-509Jでしょう.

それ以外で,初めて関数電卓を購入する方については,EL-509Jのみにある二つの機能がかなり「使える」ものであること,両者の数値入力の癖は,どちらかというとEL-509Jの方が合理的に思えることを指摘しておこう.ただし[分数-小数]変換キーに関してはEL-509Jはfx-913ESに輪を掛けてイライラすることは言っておかなくてはならない.